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1996年11月

H店ごん/パソコン由なし事

H店ごんです。パソコンについての由なしごとその3です。


§巷はお祭り騒ぎ-パソコンの売り場から 第三回

 N氏のところで起きた怪事件。
 さあ、飯も喰ったし‥何をしようか‥パソコンでのインターネットホームページの作成も、ちょっとネタに行き詰まっているしなぁ‥そういえば最近Macは全然触ってないなぁ‥
 ちょっとテレビでも見ようとするかな、とテレビのリモコンのスイッチを押した。と その時。
 「ぽーん」
 聞き覚えのあるその音に振り返ったN氏はおのろいた。な、なんと!Macの電源が勝手に入り、画面には「Welcome to Power Macintosh」の文字が!!
 一瞬凍りつくN氏。「な、なんだと?」今目の前で起こったことがしばらく理解できない。
 「まさか‥ ここんとこゴブサタで触っていなかったから、アタシもいぢってというMacの意思表示では‥」
 そう思ってよく見ると、心なしかデスクトップもほんのりピンクがかったように見え、「カモ~ン」と誘っているようでもある。「どうせ私は2号さんだから‥」と諦めながらも、やはりご主人様の愛は欲しい。そう哀願しているような気がした。
 「Macがセクシーな(使いやすい、とかユーザーインターフェイスが素晴らしくよくできている、という意味で海外ではそういうパソコンのことをセクシーと評することがある)パソコンだとは聞いていたが、これほどとは‥」
 N氏の右手が美しいビーナスラインで構成された丸みのあるマウスを握る。その吸い付くような感覚にN氏は身震いした。
 「たまにはこいつでNIFTYしてみるか」
 デスクトップ上のまつもとのJタームアイコンをダブルクリック。すかさずNIFTYに入りHPにアクセス。

掲示板へようこそ
HP>rea new
◆該当するメッセージはありません◆
HP>

 「なんだ、また誰も書いてねえでやんの。しょーがねーなー」
 そう言えば今日あったことをホームパーティーにアップしておくべきだな、と考えたN氏は買ったばかりでまだ自分の慣れたFEPが無いMacより、DOS/Vマシンで執筆しようとNIFTYから抜け、メニューバーの特別から終了を選んだ。N氏の右手はしばらくためらうようにMacのマウスを握っていたが、その指をゆっくりと開き、離した。マウスのやつ、じっとりと汗ばんでいる。そんなにヨかったか?とMacの顔を見ようとすると、恥ずかしそうにMacはモニターの電源をぷっつりと消してしまった。
 テレビの内容は面白くなかった。N氏は”ハマショウ”のCDを聞きながら原稿を書こうとテレビの電源を消した。

 するとその時。

 「ぽーん」と音がして、N氏は振り向いた。するとなんと!今電源を落としたばかりのMacがまた立ち上がってくるではないか!画面には‥やはり「Welcome to Power Macintosh」の文字が!!

 N氏は叫んだ。「違う、そうじゃない」

★ ★ ★ ★

 さて、皆さん。この怪現象は一体どういうことなのだろうか。やはりMacが頻繁に使われるライバル機に嫉妬して起こしたN氏への理由なき反抗なのであろうか。いや、そうではない。LC630以降のMacで、リモコン付きの機体を持っている人はもしかしたら経験があるかもしれない。この有名な現象。種を明かせば簡単なこと。そう、皆さんお気づきの通り、テレビのリモコンのパワーONとMacのリモコンのパワーONのコードがあろうことか同一であったということに起因するのだ。なぜこんなことになったのかは皆目分からない。もしかしたらパソコンを買ったものの少し経つと全く触らなくなる人が多いのに業を煮やしたアップルが、テレビばっかりでパソコン離れしていく人に対しての作戦だったのかもしれない。
 最近ではNECがCanBeのデザインでリモコンのところだけMacの真似をしているのはとっても腹が立つが、それでもCanBeはお世辞にもセクシーとは言えぬ。何故か?いくらデザインを昔のMacのデザインをしていたドイツのフロッグスタジオのものにしたとて、中身が98なら同じことだ。加えて最近のデザインに関しては98もMacもあんまり良くない。私のような古き良きMacの時代が懐かしい人間には悲しいかぎりである。
 Mac!というとまず頭に浮かぶのはMacPlusかSE/30だ。四角い箱で、少し上向きの斜めな面構え。しかも小さい!当時四角かったアップルマウスは今でも最高だったと信じている。今のも悪くはないが、軽すぎる。適度な重さがあってこそ指示装置としての機能を果たすのだ。同じくキーボードもアップル拡張キーボードを上回るものをいまだかつて見たことが無い。あの理路整然とした、それでいて押しつけがましくないキータッチ。今のアップルキーボードⅡ(/JIS)は分解すると弾性ゴムとその上に乗せたプラスチックのキートップだけしかない。作るのにコストは安いかもしれないが、Macの身上だった感覚に訴えるオペレーションが出来はしない。Macintoshかもしれないが、Macではない。

★ ★ ★ ★

 私がMacと初めて出会ったのは十年ほど前の日本橋、J&Pメディアランドの中でだった。当時まだ98/DOSが幅を利かせていた時代で、WindowsはV30でも動いてしまう2.11だった。そんな時代に、もうJ&PはMacを置いていたのだ。小さい筐体。たぶんSE/30だったと思う。マウスを握って黒い矢印を動かしてみる。感触はいい。何か吸い込まれるような気持ちだった。白黒の9インチモニタの中には、ハードディスクとゴミ箱のアイコンがあった。まだ日本語化されていないSystem6.0.2だったろうと思う。
 反射的にキーボードを打ってみた。

DIR<リターン>

 当然、画面には何の変化もない。今となっては笑い話だが、あのスコスコと動くウインドウシステムを見た事は衝撃だった。フォルダが広がるときの枠のアニメーション、ファイルを捨てると膨らむゴミ箱。画面上部のメニューバーを押さえたときに出てくるプルダウンメニュー。離すとパッと消える。今でこそ当たり前だが画面を全くのドットマトリクスにすることであの使い易そうな感触を生み出していたのである。

★ ★ ★ ★

 そのうちマイクロソフトもマウスポインタで操作できることの実用性とユーザーへのアピール性に気がつき、マイクロソフト-ウインドウシステムの名前で世に出した。しかしそれは既存のDOSの上でプレゼンテーションマネージャを動かしただけに過ぎなかった。オーバーレイのできない窓、アイコンとは名ばかりのもので実際はMS-DOSウインドウという枠の中に実ファイル名が羅列されているだけのもの。もともとはMacのユーザーインターフェイスに感激したビルゲイツが作ったEXCELをWindows用に作り替えたものもリリースしたが、実に使いにくいものだった。すぐにメモリ不足になる、動作は遅い、それもこれも今と比べての話ではあるが、当時はDOSソフトと比べてのスピードは惨憺たるもので、使い道のない、役に立たないおもちゃの感があった。わざわざマウスで操作するEXCELよりDOSのLotusの方が何倍も使いでがあったのだ。
 それが今では、マイクロソフトの商売熱心さも手伝ってか、Mac以外の全ての(と言ってもいいぐらい)マシンにプリインストールでWindowsが入るようになった。バージョンアップの度に他のウインドウシステムのいいところだけを真似をして吸収し、ユーザーにアピールする、悪く言えば媚びるように成長した。ただしその増築まがいの拡張には最初から確固とした設計思想があったわけではなかったので、最初の内はそれを嫌い、逆にMacに走ったユーザーも多かった。「マイクロソフトはPC/ATをMacintoshのように振る舞わせるWindowsを作り、UNIXの大手サン・マイクロシステムズはそのユーザーインターフェイスのMacintoshとの酷似を売り物にしている。そのことをユーザーが知る毎に、各社がこぞってMacのように動くことを売り物にしているなら、まずMacを買うべきだという考えに到達するようだ」と当時のアメリカジャーナリズムは言っている。
 ただし、あまりにもMacと似ていることを強調したために、アメリカの司法裁判所にまで持ち込まれたマイクロソフトとアップルの訴訟に発展した。
 しかし考えても見ると、もともとマウスによるWindowsシステムは、ゼロックスのパロアルトの成果である。お互いに何おかいわんやの争いだったわけで、実際に使いやすい、優れたシステムなら自然にその方が残っていくわけで、逆にMacを世間に認知させる広告になったとしか思えない。
 人まねとセンスについて考えてみると、ファッション雑誌に載っているものをそのまま着ているのが人まねで、ファッション以外の世界の感覚などを持ち寄って融合し、作り上げていくのがセンスだと思う。アムラーとかはその点で完全に人真似でつくづく今の日本人の、それも若い娘達の「周りと同じなら安心」的な中身の無さは、学校教育の画一さと無関係ではあるまいが、ともかく商売上手なマイクロソフトは最終的にMacのアイコン・ファイルシステムとOS/2のバイナリシステム管理などをこね合わせてWindows95をリリースし、またも莫大な広告費を投入して世界に広めてしまったのである。

 しかし、である。

 もともとデザインの分野で強いMac、WYSWYGの観念ももともとMacのものだ。これはいまだかつて他のシステム上で実現されたことは無いし、マルチモニタやサウンドメディアとの融合、ネットワークなど、全ての流れはまずMacから始まったのである。いくらマウスや音を身に纏ったとて、Windowsがこんなにセクシーなマシンにできるわけがない。

 さあ、今までMacユーザーであることに肩身の狭い思いをしていたあなた、今こそMacユーザーであることに誇りを持とう。エレガントな作業ができ、DOS/VやWindowsマシンの世界のようにどれだけのクロックだとかどれだけのスピードだとかメモリだとかぎすぎすした競争もない。ケケゲの喜太郎宜しく、試験も病気もないのだ。ただ目の前の自分のやりたいことだけに集中すればいい。
 もし誰か物も知らないくせに「もうMacって過去の遺物たよね。Windowsマシンのほうがはるかに高性能だもの」なんていう知ったかぶりの兄ちゃんを相手にしなくてはならないとしたら、はっきりとこう言おう、

 「違う、そうじゃない」

と。


今回はオチがつけられなくてごめんなさい。
次回はネットワークについてちょっと書いてみよーかなと思うとりますです。

そりでは。

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Macな人、立ち上がれ!/H店 ごん

特報!

この間東京の紀伊国屋に注文していた本が届き、今読みかけているところですが、これがとっても面白い!!

社内のMacユーザー、ならびにまだパソコンを触ったことの無い人は是非とも読んでください!
タイトルは「マックな人」1巻、2巻。中身はMacfanに連載されたコマ漫画なのですが、内容がとても面白く、テンポもあり、笑えてしまう。これは是非とも取り寄せて読んで見るべきです!

O店 Tさん!
これはお勧めです!

毎日コミュニケーションズ 刊 マックな人  1200円
毎日コミュニケーションズ 刊 マックな人2 1480円

近いうちに「巷はお祭り騒ぎ/パソコンの売り場から-こころにうつるよしなしごと」第3回として、Macの話を書いたモノをアップするつもりです。請うご期待!

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H店 ごん

>今日、和歌山の阪和銀行が業務停止しました。
>わたし預けてたんです。

がびーん。
それはショックですね。
この金融不況、いったいどこまで続くのでしょう。
その一方で不正や汚職の多いこと。

やっぱりやたらとチョコレートを配って
地盤を作ろうとしてはいけません。(意味不明/H店楽屋落ち)

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F店 K

こんばんわ
今日、和歌山の阪和銀行が業務停止しました。わたし預けてたんです。しかも先週。あと一年間解約できないということです。(;;) かなしい。

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H(たび)の空から

午前零時少し前、かけっぱなしのFM東京ではみゆきが騒いでる。
いつものように下り各停で帰る弘美を駅まで送り、
独り寝には悩ましすぎるあいつの匂いを追い払おうと開いた窓に、
夜の空があった。

ゲンコの締め切りはまだ先だし、
本を読む気にもなれない。
ひとり戯びならなおさらのこと。
こういう瞬間かもしれない、思った。
自分の言葉を探すのに、昼間の喧噪は要らない。

 てな事を書けば、詩のように見えるかもしれませんね。学園祭も、体育祭も終わり、あんなこと、こんなこといろんな事があったでしょう。学生諸君!でもね、おじさまたちはその間ずーっとオシゴトだったのだよん。なんて、文句も言いたくなる今日このごろ。ライト電器の皆様には如何お過ごしでございましょうか。
 もう風が冷たいですね。空気が涼しい、冷たい、を通りすぎてもう冬でございます。どうですか。暖房器具は売れていますでしょうか。もうあっ!というまに鈴の音が聞こえてきてどこもかしこもクリスマス一色になるんでしょうね。キリスト教徒でもないひとが、これ幸いと全国で騒いじゃうんですねぇ。不思議ですねぇ。そのために予約されたホテルで日本全国どこも満員。夏過ぎあたりから予約しなくてはならないそうな。それはそれで日本の経済は潤うのだから良しとしたいところだけれど、そのセレモニーの端っこにも僕が入っていないのが悲しむべきなのかどうか悩んでしまふ。

★ ★ ★ ★

 窓の外の冬に、ちょっと心が後ろ向きに吹かれて、ちょっぴりセンチ(死語)な気持ちになってしまいました。高校の頃、僕が文章を本格的に書きたい、と想うきっかけのひとつになった人に谷山雅計という人がいます。その人の本を引っ張り出してきました。
 次に転記してみます。


●タイソーなのは題名だけ。人生経験 谷山雅計

 女の子にフラれる。受験にしくじる。内定を取消される。詐欺師にのせられる。ロッ骨を2、3本へし折られる。ソ連の軍事衛星が2階に落ちる。臭い飯を食う。うまい飯を食えない。その他多種多様、あまり喜ばしくない、できれば避けてて通りたい、少くとも午前2時頃たんぽの中の一本道ではすれ違いたくない事柄を、世間では人生経験と呼ぶ。”まあ、これも人生ケーケンのうちだよ、くよくよするな、なっ、コノヤロ、アッハッハ”とゆー、アレである。おめあての彼女とよろしくできあがって、落ち着く・べきところにしけこんだ場合は、人生経験とは言わない。どっちかとゆーと、女性経験ね、これは。第一志望の某国立大にストレート!!の学生が週刊誌のインタビューに”すばらしい人生経論をさせてもらいました。”と答えた、とゆー話も聞かない。恋する乙女が”ああ、わたしはいま、人生経験をしているのだわっ!!”なんて口さけ女になっても言うはずねーだろっ。
 ことほどさように人生経験はつまらない。
 ところが。つまんないことも2・30年続けてると、あら不思議、人生経験豊富な人物などと称され、どーゆーモノのハズミであろうか、尊敬されてしまったりする。ブロ野球選手の後見人になって”ムラタくんのセ・リーグ移籍のイシは動かしがたいモノであり……゛なんて記者会見で言ったりできるのだっ!!まあ、当人の顔をふみれば、さぞ、幾多の人年経験を積んだであろう、と深くうなづいてしまったりするのだが。 とまれ、元禄とか高山植物とかはつんでもよいが、〈※いいわけないでしょ。(担)〉人生経験だけは、まちがってもつみたくないものである。
    今月はスノッブになってゴメンネの谷山雅計-


もういっちょいってみよう。

●融点 谷山雅計

彼女は融点が低かった。普通、人間の融点は1000℃程度、焼けることはあっても、溶けはしない。彼女のは、たかだか15℃-カエルが冬眠からさめる温度だ-それで、おしまい。溶けて流れてオタマジャクシの池、だ。そんなわけで僕と彼女はとても寒いところに住んだ。とても寒いところにも春は訪れる。僕は彼女を流してしまいたくなかったので、毎年ちようど今頃、彼女を蝋で固めた。蝋のボデイーは動きづらいものだが、彼女の進歩は目ざましかった。実際、炎天下アスファルトのコートでテニスさえこなしてみせた。
仕事でアリゾナに来たとき、どうしてもついて行くという彼女の我がままを断れなかったのはそのせいだ。目的地は砂漠、酷暑。蝋は念いりに、二重三重に、塗った。修繕用の予備も20パイント程用意した。が、予想外だった。まったく、女の子を車におきざりにして写真など撮るものではない。うなじの蝋は灼熱に耐えきれず、わずかのすき間が-ふさぐ間もない、彼女の液体は沸き立って気体となり、彼女の気体はウインドーから出ていった。『沸騰点を調べておくんだったな』助手席には蝋人形が一体、残った。しばらく考えてから、アクセルを踏んだ。 彼女のいれものを遊園地に売り払っつた金で、僕は筋だらけのステーキを食べた。蝋人形館のオヤジは言う。『若いの、金がほしけりや、もうちよっとグラマーに造ってきな。』

彼女はアリゾナで気化して、まだそこにいる。僕は日本にいて蝋人形を造っている-B90W60H90だ、もちろん。こいつが完成したらアリゾナへ行く。彼女を見つけだして、中にいれるのだ。そして、オヤジに言ってやろう。『どうだい、ぐっとくるだろう。高く買ってくれよ、動くんだぜ。』


だめ押しっ!

●夜空 谷山雅計

 東京には空がない、とチエコは言った。それがどうした、東京には夜がある。先日、くにへ戻ったら、空は1個あった。青いのが、が、夜がない。困った。朝あり昼あり夕方あり、が、夜がない。日が暮れるといきなり深夜だ。どこ行ったのかなー、と探したら、ありました。夜はテレビのブラウン管にはりついていた。ラジオに絵がついた、映画が箱に入った、ではなく、田舎に夜を贈るMessengerであったと、思っております。
 それはそれとして。夜あるところに空なく、空あるところに夜なし、こーゆー傾向がある。だから、夜空とゆーものは、実は、ない。少なくとも日本には。てなこと申しますと、ニューヨークにはあるのだろうと、当世のナウい人々は考える。でもね。10年前中国雲南省には森羅万象が存在しましたが、現在ではナウマン象は存在しないとゆー事実が真実になっています。ニューヨークに降りたった僕が環七若林陸橋を発見できなかった、これまた、恥ずかしそうにだが、そこいらへんに厳然と立っていらっしゃる真理です。あるところにも、ないものは、ない。ないんじゃないかなぁ。夜空は。毎日午後7時ごろから午前5時頃まで、屋外において上方に観察しうるものは何かと問われれば、深夜もしくは夜空もどき。かと言って、実在し得ない、空想上の産物、E・Tであるとも断じきれない、夜空の夜空的なとこじゃない?
 夜空見た方、ご一報ください。


★ ★ ★ ★

 おわかりのように、今まで僕が少々HPにアップしてきた文章の運びとテンポ、まとめ方はこの人の文にかなり影響されているものです。少なくとも僕の文のファンの方にはわかるでしょう(いないって)。

 さいきんはちらほらHPにも書き込みが見受けられるようになりましたが、まだ皆さん書いておられない。よっぽど忙しいのでしょう。「そんなことにかまけていられるかっ!こちとら、いそがしいんでぃべらぼうめ」という方もいれば、「筆無精、書くのが億劫なので読むだけにしています」という人や、「にふてー?ほーむぱーちー?なにそれ」という人までさまざまだと思います。たしかにそれぞれ一理あります。
 でももったいない!

 実は、今日(18日・日曜)「こんどFCをやるんですが」という人が見学にいらっしゃって、たまたまNIFTYの話が出ました。そのとき「なかなかFCではやるひと(ID持っている人)もいなくて、はいりづらい」と言っておられました。そんな控え目なことを言っててどーするんですか!「おトイレにお洒落しなくてド-シマスカ」と、フランソワーズ・モレシャンさんも言っています。いやいや、少々ずうずうしいくらいが丁度いいんじゃないですか?程度はありますが。もっとみんながぺちゃくちゃ喋れば、面白そうだと寄ってくるはず。

口笛吹いて空き地へ行った
知らない子が寄ってきて遊ばないかと笑っていった
独りぼっちはつまらない
誰とでも仲間になって仲よしになろう
口笛吹いて空き地へ行った
知らない子はもう居ない
みんな仲間だ仲よしなんだ

20代、30代のひとならだれでもこの番組を見たことがあるでしょう。同じ意味です。パーフェクTVの内容が面白くなさそうだったら、誰も加入なんかしません。

運動というものはその初期に最大を迎える。これはなんだったけか、昔聞いた言葉です。しかしこの試みはそうなってはいけません。やがて繋がる(はずの)インターネットのホームページなど、遠大な未来のためにも、ひとつ興味を持ってみましょうや。

 それとも、いくらここに書いても、誰も読まない、もしくは「一人の社員が何言っても上は聞いてくれないもんなぁ」なんてマイナス思考をしているんじゃないでしょうね?
 冗談じゃない!
プロバガンダはヒットラーの時代に死に絶えたかもしれないけれど、実際、このコーナーは上の人も読んでいるはずです。何もしないなんて、そんなつまらないことはもうやめましょうよ。いくらでも、思い通りに未来は拓ける。危機感を持っていれば、問題意識を内包する人なら可能性はあります!
 少なくとも、僕のこの文章に触れることが出来たのですから!

 願わくば、この文を書いたことを僕の奢りにしないでください。

★ ★ ★ ★

  なつはよる、と言った。
つきのころはさらなり。
しかし僕は冬も夜。と言いたい。
しんと静かな真夜中は、思索をするのにとてもいいから。
まるで寝ている人の夢を覗いて、
そのエッセンスを少しだけもらってくるように、
いろんな思いが浮かんでくる。

空の向こうにはいろんな人がいる、と思った僕の前に
今、冬の空があった。

1996,11,18 (H店 ごん)

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RE:#376 はじめましてOさん

はじめましてOさん。HK店のNです。
早速ですが私の使っているパソコンは今から1年前のPC9821CX3です。CX3に外付けハードディスク1G付けて使っています。先頃一太郎7が届き、インストールしましたが16MBでは遅すぎて今はメモリー増設を考えています。ついでにセカンドキャッシュも付ける予定ですが、冬のボーナスが出てからのことでしょう。実は先頃ラオックスのコンピューター館ができてライト電器には売っていないメモリーとセカンドキャッシュを買おうと思って行ったのですが、1枚ものばかりが安いだけで2枚セットはそんなに安くなかったので止めてしまいました。それにラオックスではただの設置で1万2千円も取るのです。セットアップもインストールもそれぞれ別々の値段表示をしていました。パソコン本体がいくら安くてもライト電器に来てくれるようなお客様にはかえって高いものになるような感じでした。
さて、私のは1年前のキャンピーですが、実はテレビが映りません。外付けハードディスクを付けてから映らなくなっているのです。
最初の頃は必死になって直そうとしましたが、カシオのデジタルカメラの方が遙かにビデオキャプチャするより綺麗なので今では直そうともしていません。でも最近は色々と綺麗なデジカメが出ているのが少しショックではあります。他にはオフィス95を買って使っています。ニフティでインターネットアシスタントを落として、ホームページを作れるばかりにしてあります。なんと言っても塩尻市民はインターネット無料で、しかもホームページも無料でアップできるのです。
でもまだアップの仕方が分からないでいるのです。
このように今ではすっかりキャンピーではなくなっているパソコンです。
それではまた・・・みなさんのパソコンがどのような使われ方をしているかどしどしとアップしましょう。

追記 O店のTさん・・・Kさんに宜しくと伝えて下さい。
96/11/13(水) 23:13 N

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皆さんお久しぶりです。I店 H

Nさんの追記について、自分なりの意見を書きます。

>>追記 新しいパソコンが何となく面白みに欠けているのではないかと思うのは
>>私だけでしょうか?色々な意見、メールでも結構ですので聞かせて下さい。

私は、今のパソコンは昔と比べて確かに面白味に欠けていると思います。ってのは、本体の中にソフトが入っていて、個性が全然無い!昔のパソコンは、一人一人のパソコンが違っていて、人のパソコンは他人では、使用できなかったように思います(MS-DOSの時代)。そして、組み立てる楽しさが有ったようにも思います。パソコンを買ってきて、メモリを足して、サウンドボードを入れて、どんどん自分のパソコンが、成長していくのが、とっても楽しかった。でも今のパソコンは、メモリ不足はあるものの他のものは、増設しなくても良いぐらいに全部(ソフトも)入っているので、私は、MS-DOS時代の方が、好きです。

PS 私を知っている方が、おられましたらメールお待ちしています。
                 I店 H

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はじめましてNさん

はじめましてNさん、N店のOです。

Nさんの追記について、自分なりの意見を

>追記 新しいパソコンが何となく面白みに欠けているのではないかと思うのは
>私だけでしょうか?色々な意見、メールでも結構ですので聞かせて下さい。

確かにライト電器の定番商品は、NECにしろ富士通にしろ、ここ1年間OSはWINDOWS95の独走状態CPUはインテルのみ採用、メーカーが競争してるのは添付ソフトの多少の競争、新型新型といってもCPUのクロックがあがったり、CD-ROMが高速になったりしただけでのマイナーチェンジばかり、新しい技術が出ない限り新型(新型と呼べるのか?)とはいえ面白味に欠けると思います。

ただ最近のノートパソコンはちょっと面白いと思います、A4ファイルタイプは液晶の大型化高解像度化が進み、デスクトップパソコンとの差がいっきに無くなり一台めのパソコンとして十分使えるようになる一方、サブノートと呼ばれるB5ファイルサイズ以下のノートも大きさの規制の中各社とも工夫を凝らした新製品が続々登場しなかなか面白いと思います。

追記 ところでNさんは、どんなパソコンを使っています?
追記2 H店のIさんは、Macを買ったのですか?
N店 O

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はじめまして

皆さん、こんにちは。
96/11/08(金) 19:08 N
はじめまして、大分前より掲示板を拝見していますが、
初めてアップします。私はHO店のNと申します。
難しい字なので参考までににながわと読みます。
HO店は長野県の塩尻市と言うところにあります。
今話題のインターネットは市が経営していて、
塩尻市民は無料でアクセスできます。
恵まれたパソコン関係の中で、パソコンキャンペーン優勝という実績を
持っているのに、誰一人アップしないのでは申し訳ないのでアップしています。
みなさん色々と意見を出されていますが、できましたら是非ライト電器の
ホームページを作ってもらうよう本部に社内報を通じて働きかけませんか。
ライト電器の過去、現代、未来をホームページにできたら良いのではないのでしょうか?
またお客様からの色々な意見、希望の吸い上げに利用できるような
ホームページが是非欲しいと思うのであります。
それでは初めてなのでこの辺で。

追記 新しいパソコンが何となく面白みに欠けているのではないかと思うのは私だけでしょうか?色々な意見、メールでも結構ですので聞かせて下さい。

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今は昔/H店 ごん

昔々あるところに桃太郎という若者がおりました
桃太郎は毎日鬼ヶ島まで通っており、通勤にはフェリーバスを使っておりました。
そのフェリーバスは桃太郎の自宅からすると大変な回り道をするので時間がかかるのと、よく遅れるので桃太郎の悩みの種となっておりました。また、夜の九時になるともうバスは終わってしまうので、遅くなったときは泣く泣く近くを流している漁師さんの船に金を払って乗せてもらっていました。

そんな生活が一年あまり続いたある日、鬼ヶ島近くの漁師の家の前にボートを泊めて通勤している者が他の仕事場に行くことになり、前任者の顔ききで漁師の杉作じいさんにお願いしてその場所を貸してもらう事になりました。これはありがたいと桃太郎は通勤用の車小舟を買い、時間に縛られずに快適な通勤を始めることができました。

しかし、幸事魔多し、不幸はいつも突然にやってきます。

一週間ほど桃太郎がそんな通勤をしていると、そこに鬼ヶ島の長、赤鬼がやってきて、
「ん~、桃太郎よ。おまえ、ここに車でこなあかんか」
「え?どういうことです?」
「いやな、鬼ヶ島では隣の駐舟場は2つしか借りてへんから、ほかのもんが停められへんねん。バスで来れるんやったら、バスで来てくれや」
桃太郎は目の前が真っ暗になりました。
「でもね、バスはよく遅れるし、九時を過ぎるともう無いんですよ。どうやって帰ったらいいんですか」
「そうかてやな、藤衛門かって車で来とおるし、宮平太も車やし、置くとこないねん」
「でも僕はちゃんと前の花助さんから紹介してもらって、杉作さんのところに菓子折りを持って挨拶に行って許してもらったんですけどね!」
「そうかてやな、他のもんが..」
「.....そりゃね、鬼ヶ島の人が困るならしかたないですけど....」
「ほなな、そういうことで」
鬼はもじゃもじゃの後頭部を向けて去っていきました。

桃太郎は本当にがっかりしました。
それを見かねて地魚どんが鬼のところに談判に行ってくれました。しかし、そこで「桃太郎の家の近くに”くに鉄”があるやろが。それに乗ってきたらいい」
と言われてきました。
「電車舟にのって来いと言うのか!」
桃太郎は憤った。くに鉄で逢坂まで行き、環状船に乗り、船場からきょう阪電舟にのって鬼ヶ島まで通う手間を考えると、馬鹿馬鹿しくって桃太郎は悔し涙が出るのでした。
第一、鬼ヶ島の遊園地、鬼パーの大観覧車が自宅から肉眼で見える距離にありながら、なんでそんなに遠回りする必要があるというのでしょう。

鬼長も自家用舟に乗って通勤しています。自分こそ電舟に乗ってくるべきじゃないか、と一部の者が言っていました。たまに遅刻をしてまで自家用舟で来るべきじゃない!と桃太郎も思いました。船に乗ってきている者のうちには、自転車舟でもこれる者も居る。理不尽きわまりない話に桃太郎は拳を握りしめたのでした。

★ ★ ★ ★

筋が通らないのは世の中の常です。しかしそれに屈していては桃太郎の旗が泣いてしまいます。
桃太郎は鬼ヶ島が休みの日(水曜日)に、あることを試そうとしました。
「自転車舟でもこれるやつが車舟で来てるんなら、こっちは自転車舟で行ってやろうじゃないか」とばかりに、自転車舟に跨り、鬼ヶ島まで出発しました。予定では三時間で着くはずでした。
しかし幸事魔多し、不幸はそれで終わったわけではありませんでした。

一時間を少し過ぎた頃、玉川橋あたりで桃太郎の自転舟がパンクしてしまったのです。泣く泣く桃太郎は鮎川まで自転舟を押して帰り、自転舟屋さんで修理してもらったのですが、木枯らしのびゅうびゅう吹く中、もうこの先を続ける気持ちはありませんでした。
「なんでこんなことせなあかんねん。もしこれがうまく行っても、これから厳しい冬が来るのに、こんな道のりを足でこいで通勤することなんて出来ない」
桃太郎は帰り道をとぼとぼと帰ったのでした。秋も深まり、もう夕暮れもが近づいていました。

★ ★ ★ ★

果たして、桃太郎のやる気はどんどん失せていきました。こんな島のために今まで身を粉にして働いてきたのか、と自分にも腹が立ちました。桃北太夫の居た頃は良かった..このあと、桃太郎は救われるのでしょうか。誰かこの続きを教えてください。

H店 ごん

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インターネットる!

H店ごんです。
MACPOWER誌に載っていた記事が面白かったので転載します。
ホントはOCRで読み取らせたかったのですが、キヤノンのコピーにかけた物が読み取れなかったので、やむなく2時間かけて手入力しました。

★ ★ ★ ★

タイトル 口の悪い岩口のおっさんと休日出勤でばったり会ったらあたしの人生が変わったという嘘みたいな話

 大兄も七月はオリンピッカーとなって衛星放送ドップリの毎日だったことでしょうな。一方のあたしは、締め切り間際の仕事をかかえて、ほとんど会社で徹夜してたんですわ、これが。
 一応見ることは見ましたけどね、なんだか細切れの映像ばかりだったもので、最初から最後までしっかりと見たのは有森裕子さんのマラソンだけだった。あのレースを中継した女性アナのまったりとして、こってりとして、ねっとりとしていながら、さっぱりとして、ぽってりとした語りさえなければ最高だったわけだが、最後のインタビュー「…そう思ってないしぃ、自分を初めて褒めてやりたい…」のくだりは一億二千万人が涙したでしょうね。会社の応接ソファに寝ころんで観戦していたあたしの頬にも涙の雫が伝ったわけです。
 女子競泳陣がメダルを取れないくせに高ピーでノー天気な発言をしたとか、マスコミくんは相変わらず低次元なところで論陣を張りまくって「チミたちの進歩のなさたるや十年で1センチ動く河原の石コロ以下だわな」と思わせる一幕もあったが、なんと言っても柔らちゃんの銀メダルには勝負の厳しさを見たわけです。決勝戦の時、なんか負けるような気がしたという人を私は五人ぐらい知っている。私のまわりだけでも五人だから、日本全体では二百五十万人ぐらいいるかもしれない。
 だからどうした、という感じですけどね。土・日曜日に出勤していると、似たような境遇の人はそこそこいるもので、なんと総務の岩口部長とエレベーターホールでばったり出会ってしまったわけだ。このオッサンは物言いがちょっと乱暴なのだけど、人格に高潔なところがあって憎めないという徳の人である。それに社内のオーエー化に最も熱心な御仁としてツとに有名で、パソコンが扱えない新入社員を人間以下に扱うことでも知られている。Macを買う前のあたしは、その一事をもって理不尽なオッサンだと烙印を押していたわけだが、今では、手ぬるいぞ岩口!という感じに豹変している。
 オッサンはあたしを発見するや、やあやあという感じで歩み寄ってきた。
 「なんだな、日曜日に会うのはデキの悪いやつと相場は決まっているねぇ。田の字よ」
 オッサンは額に汗を浮かべてニコニコしている。こう暑くては気の利いた返事も思いつかない。もっとも、オッサンは返事なんか期待していない。
 「そういえば田の字。俺、雑誌を読んでるぜ。なかなか面白いじゃないの。あんまり進歩していないようだけどな。あっははははっ」
 「大きなお世話だ。岩口の」
 「そう尖るなって」
 誤解のないように言っておくけど、オッサンとあたしの会話はもう十五年以上もこんな感じなんである。あたしも疲れるわけね。
 「時に田の字。あとで俺んとこに寄ってくれ。いいもんあっからさ」
 ま、大したもんじゃないことはわかっている。オッサンが単なる寂しがりやだということはバレバレなんだ。中元に届いたスコッチかなんかを、これまた中元に届いた海苔にパラパラと塩をふりかけたやつをサカナにオリンピッキングしようという算段なんだ。
 寂寥のオッサンをほったらかしにしておくと、あとで仕返しが怖いから、五時を少し回ったころに二階下の総務部に行ってみた。
「よう、田の字。待ってたぞ」
という言葉の後に本当にスコッチが出てきたわけで、あとはソファに座ってテレビを見ながら酒盛りである。肴が死ぬほど美味いゴーダーチーズなのは意外だったがね。オッサンと酒を飲むと、最後は必ず会社の話になっちゃうものだから、せっかくの陸上競技にも熱中できない。オリンピックを会社の肴にしてしまうあたりに、オッサンのやるせなさが漂っていたりする。これ読んで、気づいてくれるかしらん。あぁあ。
真夏の夜は更けるのが殊の外早い。はっと気づけば十時である。
「いけね。そろそろ仕事しなきゃ」
と腰を上げようとしたら、オッサンが声をかけてきた。
「そうだ、そうだ。忘れてたぜ。田の字、インターネットに興味あるんだろ?」
「興味?冗談じゃない、早いとこ加入しなきゃと思ってさ。あれこれ資料は集めたんだけどな」
「そうか‥‥、少しは体験してんのか、インターネット」
「それがさ、雑誌で見るくらいで、ぜんぜんなんだ。仕事が一段落したら、インターネットカフェに行こうと思ってさ。どうだ、いっしょに行くか、岩口の」
「ははは。そんなこったろうと思った。それじゃ、今、体験してみるか?」
あたしは腰を抜かしそうになった。オッサンがインターネットに入っていたなんて、そりゃ言っちゃ悪いが全然イメージと違うぞ。ほんとにそれは、インターネットなのか。もしかして、インターネットという名前のキャバクラじゃないの?
 オッサンは自分の席にあたしを連れていくと、机の上のパソコンを起動して、おもむろにモデムのスイッチを入れた。
 「おい、本当にインターネットなんかやってるのか。どうも、にわかには信じられんなぁ」
 「ははははっ。そうか。だったら止めようか?」
 意地悪なヤツである。
 「田の字のパソコンはマックだったな。どうだ、マックは使いやすいか?」
 「どうかな。それは‥‥ドス・ブイってやつだろ?ウィンドウズのキュウジュウゴだよな。見た感じじゃ、あんまり変わらんような気もするけどな」
 「そうでもないみたいだぞ。俺がインターネットに入るんだって大変だったけど、マックならもっと簡単だってウチの野村が言ってたぜ」
 「へえ、野村って、去年入社したやつだろ。あいつ、パソコン詳しいのか?」
 「当たり前だろ。俺は素人は絶対に入社させないと決めているからな。あっはははは」 そうこうするうちに、オッサンは手際よくマウスを動かして電話をかけ、あれよという間にインターネットにつなげてしまった。どういうことをやったのか、あんまり早かったんでよくわからなかった。実に情けない話である。そして画面に現れたのは雑誌でよく見るネットスケープだった。
 悔しいけど、あたしは興奮した。こんなところでネットすケープが体験できるなんて、夢にも思っていなかった。
 「さ、田の字。これがインターネットのワールド・ワイド・ウェブというやつだ。ソフトの使い方は知っているか?」
 「いや、ぜんぜんわからん。教えてくれ」
 「なんだ、ど素人か。そろそろ転職したほうがいいんじゃないのか、はははは」
 どうにも偉そうなオッサンである。しかし、緊張しているあたしにはどうでもいいことだった。

 「とりあえず、新聞社のニュースでも読んでみっか。それともオリンピックのページでも見てみるか?」
 「えっ、オリンピックのページもあるのか?」
 「田の字、ぜんぜん遅れてるな。当たり前じゃないか。でも英語だぞ。ま、それよりも最初はこれのほうがいいかもしれないな、ヒヒヒ」
 薄気味悪い笑みを浮かべたオッサンが呼び出したのは、なんと、オッサンのホームページだった!知らなかった。オッサンがホームページを持っていて、情報発信だかなんだか知らないがせっせと自己紹介しているではないか!!
 「どうだ、なかなか面白いページだろ?これ作るのに三週間もかかったんだぜ。ま、もう少しカッコ良くしたいんだけどな。いまのところはここまでだ。ほら、ここな、ムービーが入っているんだぞ。こうやってクリックすると、ほらな動くんだ。それに‥‥うーん今日はちょっと遅いなぁ。いつもなら、もう少し速いんだけど。ここは音が出るんだぞ」
 あたしは、開いた口がしばし塞がらなかった。じ、自分のホームページを持ってるなんて、何者なんだ!このオッサンは。あたしは気がついたら、一気呵成にまくしたてていた。
 「お願いだ!なんでもする!だからインターネットに入るところまで教えてくれ。あ、それにホームページの作り方も教えてくれ。ぜんぶ、教えてくれ。頼む!」
 その夜、あたしは岩口のオッサンが帰った後もオッサンのパソコンでネットサーフィンというやつを堪能した。もう、ぜーんぶわかったぞ!インターネットがどんなものか、ぜーんぶわかったぞ!!こいつはメチャクチャに面白いぞ!!!
 気づいたら夜中の三時で、電話代とか接続料金とかどんなふうになっているのか知らないけど、
 「俺はもう帰るからよ。好きなだけ遊べよ。へへへ。ちゃんと元は取るからよ。じゃあな、がんばれよ。田の字」
 というオッサンのおかげで、皆さんがインターネットに熱中するわけがわかったのだ。なんだ、その、えーと、プロバイダァとかいうやつと契約しさえすれば、こんなことができるわけだ。
 よっしゃ!次号ではあたしのホームページを大公開して、この雑誌の読者の皆さんと楽しいメールごっこに突入だぁ!中年は燃えていますぞっ。あーっ、はっはっはっ。

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どうですか。世間の状況もこれと似たり寄ったりじゃないでしょうか。今こそライト電器でも一大プロジェクトを!

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