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1996年10月

FM放送から/H店ごん

風呂に入りながらFMを聴いていたら(店で安く売っていたので買った)、アメリカではインターネットが大はやりで、そのための離婚も急激に増えているそうです。インターネットディボ-スと言うそうです。あまりにもインターネットが面白すぎて結婚生活が破綻をきたし、離婚してしまうのです。昔コンピューターウィドウという言葉がありました。旦那がコンピューターゲームなどに夢中になって、奥さんと乳繰り合う(いや、失礼)奥さんと会話も触れ合いもなく、夜の生活もなくなって離婚する、という現象を言いましたが、それが今やインターネットを言うのです。ラジオでは、パーソナリティーが話してました。友人がインターネットが面白すぎて、現実の友人と会わない生活が長くなって、半年近く音信不通だったそうです。会社をひけると自宅に直行してインターネットするので、電話もいつも話し中。だから友達も連絡が取れずにいたらしいです。

考えれば、そんなコミュニケーションに毒される人も今では多いのかな、と思います。テレビでも、麻薬やドラッグをやる女子高校生の話を聞いたカウンセラーが、「普段は数人でかたまって明るくワイワイやっていて、悩みなんて無いように見える娘達が、一人になると急に心の内を打ち明けるのです。『悩みを話すことが出来ない、こんなこと話すと友達がいなくなるかもしれない、家庭の悩みを話せない』などをポツリポツリと話し出す」と言っていました。じゃあ、普段の仲間は何なのか、と思いますけどね。実際、大人から子供までみんな寂しいのかな。ありえる話です。

心に映る由なしごとのコーナーでした。
提供はBVD藤紡、日本ヘラルド映画、学研、以上五百店ライト電器ネットワークを通じて東京文化放送からお送りしております。 ちゃん★ ちゃん☆

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F店 K

皆様お疲れ様です。売り出し続きで大変ですね。うちのみせは2分割でしたが、タイマーは2日めからありませんでした。みなさんご苦労なさっているかと思います。
風邪がはやりはじめているとのことですので、おたがいに注意しましょう。

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楽な話

H店ごんです。

> 363 [96/10/13 23:14] F店 K
> もっとド素人の私にもわかるようなお話もしていただけ
> ませんでしょうか?よろしくお願いします。

なるほど。それではちょっと一息入れて、軽い話を。

★お客様が一人3階に上がってこられた。風体から見ると近所に住んでいるらしい格好で、土曜の朝にそのままつっかけを履いて出てきた風情だ。
「あのぉ、ちょっとお聞きしますけんども」
「はいはい、何でしょう」
「パソコンを知り合いからもらったんだけれどもよくわからんのですわ」
「はあ」
「やっぱり本を読んで勉強せないかんなぁと思いまして」
「それはいいことですね」
「それであの、MS-DOSのアニマルってぇのは置いてはりますかいな」
「‥ う~ん、ちょっとアニマルは置いてないですねえ」
「そうでっか。ほなすんません」
「‥‥」

★パソコンが動かないという電話。
「電源を入れても画面が出てこないんです」
「最後にどういった操作をされましたか」
「~んちょっと覚えていないです」
「今、ごじたくからですね?」
「ええ、そうです」
「今、パソコンはどういった状態ですか」
「ええっと、窓際に置いてまして、横には花瓶を置いてます」

★同じく画面上でWindows95のタスクバーが出てこないという電話。
「マウスを動かしても黒の細い上下の矢印が画面に出てきませんか」
「それがないんですわ」
「それじゃ、ひょっとして画面の下で幅を狭めてしまっているのかも知れません。マウスのスピードが速すぎるのかもしれません。ためしにゆっくりマウスを下から上げていってください。ゆっくりですよ」
「はい」
「どうですか?出てきましたか?」
「出てきませんねぇ」
「今、どのくらい移動しましたか?」
「はい、今ちょうど目の高さまで持ち上げましたけど」

★店頭で知ったかぶりをする客との応対。
「丁度儂が会社のウインドッシュに”ロータスいちにっさん”を”インストロール”したあと、インターネットの”プロダイバー”の設定を入れていて、うまく行かんのだ。ひょっとして買ってきた本がNEC用で、儂の”どぶすい”とはやり方が違うのかと思って、IBMに電話をかけて”アパティブ”について聞こうと思ったら、‥云々。

★動かなくなったと慌ててパソコンを持ってきたおばさん
「前の日の晩まで調子よく動いていたのに、今日の朝電源を入れると、画面は真っ黒。壊れたんでしょうか?」
「前の晩は、どんな作業をされていましたか?」
「別に変なことはしていないはずなんですけどねぇ。一太郎で書いた文をフロッピーに保存して終わったんですが」
「電源を切る前に、フロッピーは抜きましたか?」
「いえ、抜いたら消えてしまうかと思って、今も入れたままですけど」

土曜日の晩の「熱血ブロードキャスター」でパソコンのJAF、JACOMについてやっていました。見た人はいますか?みなさん大変苦労されてますね。どんな仕事でも苦労無しにはお金は稼げません。楽をするのは、もうこれ以上お金もやりがいも要らない、と思ったときでいいんじゃないでしょうか。ちなみにアルバイトという言葉は、日本では本業以外の小遣い稼ぎみたいな意味で使われていますが、本来はドイツ語の”ネーベンアルバイト”で、”労作”の意味です。関西テレビのWスボットでも布やタイルに印字するシステムを京都の会社が作ったと放送していました。印字ヘッドを見ると、HPのインクにそっくりでした。原先生のタイル、欲しいなぁ。
そりでは。

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Mac夜話 2

H店ごんです。
前回転記した林晴比古先生のエッセイその2です。

★ ★ ★ ★

題 Mac and Mouse

 マック、マックというから、マクドナルドのハンバーガーのことかと思ったら、アップル社の放つ新世代パソコンMacintoshのことであった。まさかアップル社がハンバーガーでもあるまい。しかし、IBM PCのおかげでアップル社もまた屋台骨がゆるんできていたから、これはなんとしてでも起死回生を図らねばならぬ宿命にあったわけだ。
 そのためアップル社のとった最初の戦略はスーパーパソコンLISAのリリースであったが、これは大方の予想通り売れなかった。コストパフォーマンスからいえば大変な代物で、そのスタイルも従来のパソコンと比較すると、はるかに柔和で気品に満ちていた。どの角度から見ても、LISAはまぎれもない進化を示していたのである。
 ところが、その進化こそがLISAの命とりだったのだから分からないものである。
 膨大なソフトウェアの蓄積のみに依存するAPPLEⅡや、インテル8088CPUと小容量FDDが限界を見せ始めたIBM PCに対して、LISAは68000CPUの採用、ハードディスクの標準装備、1Mバイトのメモリなど文字どおり最新の機能を満載していた。しかし、それでいて人気の的とはならなかった。
 なるほど性能ははるかに強大になったけけ度、あまりに進化の度合いが高すぎたため、従来のものとの連続性がなくなってしまったのである。
 われわれは常に進化を求めるが、それはいままでの環境を少しずつ改善していくものとしてのみ迎え入れられる。長い人生の中で培ってきた知識を、まるでおもちゃ箱をひっくり返すように一度に否定してしまうようなしんぎじゅつには、警戒心を起こすのが自然であろう。
 アフリカの原住民にパソコンを与えたところで、ブーメランや手ごろな石のかたまりより、はるかに役立たずなのは自明である。
 LISAは技術面のみならず、価格面においてもたいそう進化していたのだから、あれは幻影だという思いをユーザーに与えたのかもしれない。LISAは早すぎた。



 そこでアップル社のとった次の戦略は、IBM PCとRISAの間にあるギャップを埋めることだった。アップル社は、パーソナルコンピュータ界における標準マシンの流れを
 Apple→IBM PC→Macintosh
と位置づけたのである。Macintoshの価格は698,000円。それでいながら、LISAの開発思想はそのまま継承されている。これはたしかに安い。 Macintoshの主なハードウェア仕様は次のようになっている。
  CPU:MC68000 8MHz(実際には7.8336MHz)
  メモリ:64KバイトROM、128KバイトRAM
  ディスク:ソニー製3.5インチ・マイクロフロッピーディスク
  スクリーン:9インチビットマップ512×342ドット
  その他:マウス、音声出力、クロック付き
 マックにはこれらの強力なハード仕様に加えて、さらに強力なソフトウェアが装備されている。
 まず64K ROMの3分の1に、マイクロソフト社の開発した独自のOSが入っている。この中には各種のマネージャやドライバがある。たとえば、
  OSイベント・マネージャ
  キーボード・マウス・ハンドラ
  セグメントローダ
  OSコア
  サウンド・ドライバ
  ファイル・マネージャ
などである。ROMの残りの部分には、マックの呼び物のひとつである、ユーザーインターフェイス・ツールボックスが入っている。これはアプリケーションプログラム開発者にとっては、まさに革新的なツールである。
 これまで、ユーザーがアセンブラを利用して本格的なプログラムを組む場合、必ず調べなければならなかったのがI/Oインターフェイス情報である。つまり、ポート番号やそれに送り出すデータの形式、待ち合わせ時間の設定などである。それらの知識を十分活用したインターフェイスプログラム群を確立してからでないと、アプリケーションプログラムの開発に移れなかった。
 この点マックでは、460以上ものユーザーインターフェイスルーチン(注:今でいうAPIのはしり)をROM内に装備し、公開している。だから、ユーザーはプログラム開発に当たって、このサービスルーチンをコールすることによって開発時間を短縮し、プログラムサイズを小さくすることが可能になるわけだ。
  メニュー・マネージャ
  ウィンドー・マネージャ
  リリース・マネージャ
  システムエラー・ハンドラ
  フォント・マネージャ
  ユーティリティー
  クイックドロー
などのルーチンがそろっている。
 Macintoshでは、操作はすべてマウスにより行われる。たとえば外観を見ても分かるとおり、FDDにはイジェクトキーがない。ディスクを取り出すには次のようにする。
①画面上部に示されたメニューの中の「File」をマウスによりクリック(指示)する
②プルダウン・ウインドーが開かれる
③「Eject」という項目をマウスで指示する
 このように生データ入力以外マシン操作はすべて。マウスによって行われる。作業を洗濯する指標はFileやEditといった基本メニュー以外はすべてアイコンと呼ばれるシンボルマークに基づいて行われるので、その操作性は直感的であり、難しい理論は何もない。
 たとえば、マックに付属しているイラスト作成用のソフトウェアであるMacPaintを使用する場合を考えてみよう。まずディスクの形をしたアイコンにポインタ(矢印マーク)を併せてクリックする。MacPaintを選択すると画面に時計のマークが出る。しばらくお待ちください、というわけである。
 やがて、プログラムが読み込まれると画面の左側にイラスト作成用アイコンが表示される。それらは鉛筆、手、スプレー、ブラシ、消しゴムなどである。それぞれが何をするものであるかは、やってみれば一発で理解できる。また、画面下部には絵を塗りつぶす場合に使用する基本パターンが38種類示されている。

 これだけの道具を活用すると、点描法による精密画などが画面の上で完成するのである。部分拡大機能をつかって、細部も大胆に書き込むことができるし、なにより画面上での作業だから、うまくいかなければ何度もやり直しがきく。 コピー機能を使うと、いま作った絵や、あらかじめディスクにセーブしておいた絵を画面上の任意の位置に複写することも出来る。その際、どのサイズにするかを画面上にワク組みで示すことが可能だ。筆者は画面下部に作った鯛の絵を画面上部にコピーさせるとき、横長の枠指定をしたら、なんとウナギが一匹出現し、感動で胸がいっぱいになってしまった。
 ウナギを立ち泳ぎさせたり、一度に10匹泳がせることも造作ない。頭と尾を切り取り、胴だけにするのも自由自在。どうだ、とマックがいっている。



 マウスというポインティング装置は、べつだん目新しいものではない。早くから装置自体は発表されていた。ソフト的にはたとえば、
 LEFT%=MOUSEX
 TOP%=MOUSEY
という文法で、位置情報を得るし、
 IF MOUSEB THEN…
で、ボタン押下情報を知る。マウスに対するコマンドはこんなものである。だから、識者の間では、「あとはソフト次第」といわれてきたのである。
 筆者もマウスの有効性についてはかねがね疑問を抱いてきたのだが、このMacPaintには脱帽した。たった一つのアプリケーションであるが、たしかに要求を満足させているのだから、限られた範囲内においてはマウスの効果はどうやら認定されてきたと考えるのが妥当であろう。
 ところで、マックは日本でもキヤノン販売を通じて発売されているが、いまのところ英文字版のみである。日本でビジネス用に売るためには、どうしても日本語機能が欠かせない。その計画はどうなっているのだろうか。
 筆者がビジネスショーで担当者にいきなり、あるいは他の個別ルートで得たりした情報では今年の秋ごろに出しますとか、なるべく早くとか、まだ未定ですとかいうバラバラな答えとなっていて、どうも統一見解が出されていないのではないかという印象をもった。 それにマックは英語圏用として完成されたマシンであるから、日本語化するとしても、その機能をどこに持ち込むかが問題となる。早い話、漢字ROMをどこに置くのだろう。そんなスロットは設けられていないし、文字フォントをフロッピーに持つには、いまのディスクの400Kバイトという容量と128Kバイトという主記憶容量は少なすぎる。
 また、それはどうにかなったとしても、日本語ワープロソフトを使用する場合、漢字辞書はどこに持つのだろうか。
 ディスクが一台ではどうしようもない。さらに画面が512×342ドットだが、その分解能も日本語表示のためには弱いといわねばならない。
 結局、十分な日本語機能を実現するためには、オリジナル・マックになんらかの物理的改造を加える必要があるように推測される。
 この辺がパソコンという著しく複雑なマシンを異文化圏へ移入する上で最も頭を悩ます点だろう。マックがこの難局をどのように打開していくのか興味深いところである。



 マックはたしかによくできている。マウスとの相性もいい。アメリカの大手ソフトウェア会社がマックを支援していることも強みだ。
 マイクロソフト社などは、例のXENIXをIBM PCに載せようとしてIBM社に無視されたから、余計マックに傾くだろう。
 とうぜん、主役であるアップル社の意気込みもすごい。アップル社はマックのために、カリフォルニア州フリーモントに16万平方フィートの生産工場を新設したが、それはマイクロコンピュータ業界初のオートメーション工場で、27秒に1台づつマックを生産しているという。
 次々と製品をはき出すコンベアラインをテレビで見ていたら、まるでそれが大量生産のハンバーガーそのものに思えてきた。

★ ★ ★ ★

以上、昔の林晴比古先生がMacに感激した文でした。
今では当たり前のことが、当時は大革命だったことが、この文章を見てもよく分かります。当時といってもたかが数年ですよ。他の家電商品で、こんなに劇的に変遷したものがあるでしょうか。いや、家電に限らず、その他のすべての売買に関する商品群にはあり得ないことだと思います。今、われわれ家電業界の関係者は、とんでもない転換期にさしかかっているのですよ。パソコンなんて、と斜に構えている方々は、とたんに取り残されることだけは間違いありません。テレビにもインターネット。電話にもデジタル通信。僕が10年前にヤマハやケンウッドなどに提案書を送った内容が、そろそろ実現しようとしています。そのころはまだ「マイコン」の域を出ず、雨が降ったらブザーがなる(ナショナルのみにミニマイコン、テンキーしか付いてないやつ)だけでした。それが今や秘書とも、ブレインとも呼べる存在にまで昇格してきています。今こそすぐ手に入れて活用しようではありませんか?ね?そうでしょ?

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Mac夜話 1

H店ごんです。

ここで少し趣向を変えてMacの話を少し。
今日は13年前に出版されたソフトバンクの雑誌に書かれていた林晴比古先生の「ちょっと一服」より転載。

★ ★ ★ ★

題 スーパー・パーソナルコンピューターの波

 「ヒロシマ、スプートニク、リサ」と言うそうである。
 リサ(LISA)とはむろん、アップル社の最強のニューマシンのことだ。今年(1983年)の2月にベイコクノフィラデルフィアで行われた、Office Automation ConferenceでLISAは、一般人の前に初公開された。人々の驚きようは大変だったらしい。
 アメリカでは、スーパー・パーソナルコンピュータは決してはじめてではない。事実、1973年にゼロックス社のパロアルト研究所がアルトという先駆的なスーパー・パソコンを発表している。それ以降もドルフィン、ドラド、パークなどというシステムが開発された。
 しかし、これらは3万ドルから6万ドルと高価であり、またどちらかというとオフィスより研究所向きだったのである。
 LISAはこれに比べて、多少性能を落としているとはいえ、1万ドル以下で買えるのである。むろん、これみよがしのものではなく、確かな可能性を秘めている。
 LISAの主な仕様は、
  CPU:MC68000(5MHz)
  主記憶:1Mバイト
  ディスプレイ:720×364ドット
  ポインィング装置:マウス
  ミニフロッピー:0.86Mバイト×2台
  ハードディスク:5Mバイト×1台
となっている。さらにビジネス用として、厳選された以下の6つのアプリケーション・ソフトウェアが付属する。
 1 LISACALC(スプレッドシート)
 2 LISAGRAPH(ビジネスグラフ)
 3 LISADRAW(描画)
 4 LISAPROJECT(日程管理)
 5 LISALIST(簡易データーベース)
 6 LISAWRITE(ワードプロセッサ)
 これはもう完全に、オフィス用のスーパー・パソコンである。
 さて、これだけの高機能であれば、操作法もさぞかし高度であろうと思いがちだが、実はこれが違うのである。
 ビットマップ・デイスプレイお呼びマウスと呼ばれるポインティング装置を用い、たくみなソフトウェア技術で1ピクセルごとに処理するため、開発に200人年かかったシステムを、たった20分でマスターできるという。いくらなんでも、これは少し大げさすぎはしないかという気もするが、まんざら非現実的なことでもないらしい。
 優れた技術が生まれると、それを応用(つまリマネ)した多種多様の巧妙な関連技術が開発されるのは、世の常だ。
 アルト以後。その基本設計思想は受け継がれ(マウスやネットワークなど)、いまやスター、アポロ、サン、LISA、またVAX-11で有名なDEC社のプロフェッショナル・シリーズなどが社会的なエネルギーを持って動き始めてきた。
 スーパー・パーソナルコンピュータの波は、確実にうねりを増している。



 最近ソードが発表した32ビットマシンのM685もそうだが、高性能パソコンではCPUにMC68000を使用する例が多い。アポロもサンも、LISAもそうだ。もう一方の雄、8086を使用しているスーパー・パソコンの例を筆者は知らない。実力の68000、商売上手の8086というところだろうか。かつて実力のユニバック、営業のIBMといわれたのと似たようなものだ。
 そんなことを思いながらスーパー・パソコンの機能比較をしていたら、面白いことに気がついた。それは、不動のパソコン言語であるBASICが、なんとLISAではオプションなのである。しかも、そのオプションBASIC自体、DEC系のBASIC-Plusという代物で、つまりあまりメジャーとはいえないインタプリタなのだ。
 いったい、これは何を意味するのだろうか?
 それがどうした、などとは思わないでもらいたい。その背景を注意深く推測すると、そこにアメリカ社会の現状というものが浮かんでくる。
 よくご存じのように、我々の日本は教育レベルルという面においては画一社会である。誰もが適当に頭がよい。
 これにたいして、かのはるかなるアメリカはさすがにスケールが違う。太陽系の外までパイオニア10号を飛ばす極めつきの天才もいれば、文盲も数多くいて、その格差はあまりにも多い。アメリカ合衆国はその発生時点からして、人種のるつぼという特殊性を抱えているから、さまざまのセクションごとの教育機会不均等が生まれるべき体質なのだ。
 そこで、産業社会においてはこれら低レベルの人たちをどうマネジメントするかが大問題となるのは当然である。
 これを解決するために採用されたのが、マニュアル方式だったわけだ。実際、アメリカでは何でもマニュアルである。そこに書いてあるとおりにしか働かないから、マニュアルの不親切はすぐに生産性に反映する。例えば、「ディスケットを装置に入れなさい」というと、ディスクジャケットをひきちぎり、円盤状の磁気シートを直接入れる人、「電源を落としなさい」というと、いきなりコンセントを引き抜こうとする人などの例が報告されていて、これらにひとつずつ対応しなくてはならない。その結果、アメリカではマニュアルの作成技法が芸術的にまで発展したのである。だから、マイクロソフトのマニュアルが日本のメーカーのものより分かりやすいのはあたりまえなのである。
 日本人はマニュアルなどいいかげんであっても、ああだこうだといじり回しているうちに、しぶとくマスターしてしまう傾向が強い。そういう現実がある限り、マニュアル制作側も、もっぱら専門用語の消化不良ぐらいでお茶をにごすことになるのだろう。
 逆接的ないい方をすれば、マニュアル作成の下手な国ほど国民の能力は偉大ということである。




 このことは、そのままBASICにも当てはまるだろう。いろいろいわれながらも日本人は、オフィスでBASICをこね回し、結局なんらかの実用になるプログラムを作り上げてしまう。米国のに地上感覚派万事合理主義、機能主義だから、全体傾向としてはそんなことはしない。BASICなどの言語に興味を示すのは、それで人儲けしようという若者だけである。
 では、どうするかというと、市販のパッケージを買ってきて、それをそのまま使用するのである。アメリカにおけるビジネスソフトウェアの50パーセント近くは市販ソフトだという。
 早い話、アメリカ人は完成品を買ってきて、その日からパッと使いたいのである。息の長い話は苦手と言うことだ。まさにこのような事情で、LISAのBASICはオプションとなり、変わりに優秀なアプリケーション・プログラムが6本も付属しているというわけだ。
「BASICとQUERTY(タイプ配列)は国民および国家に限りない損失をもたらす」
 と、MITのS・パパートが述べている。



 オフィス用のスーパー・パーソナルコンピュータが少なくとも2台(スターおよびLISA)市場に投入されたわけであるが、これから先、その働きはどうなるだろうか。また、日本ではどう反響するだろうか。
 スターにおけるシステム設計上の目標は下記のような点である。
 1 Seeing and Pointing(画面を見て指示する)
 2 Progressive Disclosure(進歩的な表示)
 3 Uniformity of commands across domains(統一されたコマンド体系)
 4 What you see is what you get(目に見えているままにプリントできる)
 いずれも、操作性という面から、とても重要なことだ。さらに、これらをフォローするために、マウスというポインティング装置が装備されている。底面にセットされたボールを机の上で転がすことにより画面上のポジショニングを実現させるものだ。 ところで、人間の90%は右利きだから、マウスは当然右手で扱うようになる。するとキーインは左手で行われることになるのだが、この事に関して日本人にはやっかいな問題が生じる。
 つまり、日本人は左手によるキーインは苦手ということだ。いや、実はキーボードそのものが不得手というべかもしれない。
 その点、アメリカ人にとってキーボードは好みや習慣どころか、日常生活そのものであるから、左手一本でも数字や文字を不自由なく打てるのである。
 パソコンが出始めの頃、ライトペンがもてはやされた時期があった。今はライトペン使用可能を売りものにするメーカーは皆無だ。ライトペンを使っても、実際のデータを入力するために、われわれはペンを一度、脇に置かなければならなかった。それなら数字選択式のメニューの方が、はるかに能率的というものだ。どんなに巧妙な装置より、原始的な手段の方が安全確実なことは多い。
 こうした事情から、通常の操作においてマウスが日本人にむいているかどうかは、はなはだ疑問だと考える方が適切ではないだろうか。 また、文字表示ウインドーをいくつもに区切って、複数のファイルを一度に見ることができても、それがどうだというのたろう。圧倒的に効果的な状況など、そうありはしないだろう。
 さらに、マルチタスク機能を何人の人が便利と思うだろうか。一度走らせると、結果が出るのに何時間もかかるというオフィスならともかく、20分でマスターしたい素人集団はシングルタスクで十分である。
 主記憶にしたってメモリ空間が1Mバイトあっても、それを使いこなすほどのオフィスなど、現時点では極めて少数である。
 可能であるということを実用的であると解釈するのは、あまりに即断にすぎるだろう。それに、OA理論そのものだって、あいにく「どういう仕事をパソコンにやらせたらいいか?」という大問題を解決してはいないのだ。
 こう考えると、日本はもとよりアメリカにおいても、スーパー・パーソナルコンピュータはここしばらくは理論的興味において注目を集めるにすぎず、戦果の華々しさで、我々を驚嘆させるのはまだ先のことだろう。同じ予算なら、高級パソコンを数台購入する方がはるかに現実的というものだ。
 噂によれば、LISAはあまり売れていないという。



 先日、注文していた16ビットパソコンが届いたが、開けてみるとなんとBASICがオプションであった。付いているのは、MS-どSだけ。一瞬めまいがしたものだ。むろん、LISAのような高度に意味のあるオプションなどではない。本体価格を下げるため安易な策なのである。
 日本市場においては、BASICは黙っていても付属してくると思うのが自然である。車を買ったら、ハンドルが付いていなかったというようなことがあるだろうか?某社さん、システムコールもまともに説明されていないMS-DOSだけで、いったい何をやれというのですか?
 筆者はいま、「ヒロシマ、スプートニク、オプション」の心境である。

★ ★ ★ ★

CPUやメモリの量など、今となっては笑ってしまう記述がそこかしこに見られる。しかし、今現在のパソコンの仕様だって、数年後には笑い話になるかもしれないし、実際そうだろうと思う。いや~。まさに生き馬の目を抜く世界だわさ。

この次も林晴比古先生の同雑誌からの転載を書きます。時期は少し進んで、いよいよMacが登場してきます。
そりでは。

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我が家のパソコン事情その2 N店 O

Windows95(以下95)が、発売される約2ヶ月ほどの9月下旬に、その時FD商品だった、PC9821XSC8W(以下XS)を約6万で購入、486DX2 66MHz 340MのHDD メモリー3.6M 2倍速CDROM Windws3.1(以下3.1) MS-DOS5.0Hインストール済みこのマーンに、PC9801DX(以下DX)で使っていたノーマルのモニタ(640X400専用)を接続して利用を開始しまいた。この状態で3.1を使うと画面が狭く使い物にならないので、エレコムの17インチを購入し3.6Mのメモリーではスワップの連続で数分間画面そのままHDDはカラカラ音を鳴らしてフル稼動これでは使えないので16MBのメモリーを購入し、DXで使っていたSCSI外付200MHDDを接続W3.1マシーンとして利用出来る状態になりました。OS以外のソフトがないので、一太郎6.3と花子と三四六を購入(DX時代一太郎5と三四郎を使っていたので)。
 そして11月23日Windoows95が発売、直送されてきた98用upグレード版を早速購入しました。発売前日の22日にもって帰ってXSにインストール、2時間ぐらいですべてが終了。よく発売日は、N店に展示されていた、PC9821XE10にもインストールし早速入荷したPC9821V7と比較出来るようにし、開店から閉店までひたすらお客さんの相談にのっていました。(ちなみに当日の販売はPC9821V10S7Kのみでした.....)この頃、パソコン雑誌を読みまくり、旧タイプのパソコンに95を入れる為の方法を学びました。
 店の標準V7(8M)より家のXS+20MBの方が快適と自画自賛の日々を過ごしました。ちなみにHDDが足らなくなったので、ICMの外付けHDDを購入(ICMは、破産してしまいました...)
 年が明け、95に慣れるにしたがって、「ノートパソコンにも95を」と考え、家のノートパソコンPC9821NXC(以下NXC)では95は使えず、軽くて95の動くパソコンの購入を検討し始めました。条件は、2キロ前後の486DX4以上のサブノートタイプ、候補はIBM.東芝・パナソニック・NEC、DOSーVは購入したことがなく不安だったので、NECにしぼりましたが、その時の98ノートは、PC9821LT2が一番軽っかたのですが、486DX2 50MHzで95は不安なので、なかなか機種がしぼれなかったのですが、3月に、PC9821LAシリーズが発売、待てましたと3月末にLA10/5A(以下LA)購入しました。家で使うために、15インチのモニターの掘り出しものを探しにH店いくと、PC9821XE10S15(以下XE10)が格安で販売中だったのでモニターを買ったつもりで購入しました。 XE10は、486DX4 100MHz 420MBHDD メモリ8M4倍速CDROM 3.1とMS-DOS6.2インストール済で、メモリを8M追加し、95を入れ使用を始めました。この頃パソコン雑誌では、95入門企画やセットアップ案内記事が終わり、「95でLANを」をいう記事がよく出て来ました。XSには内臓と外付けで1.5GBほどHDDがあるのですが、XEには420MBだけ、LAは540MB。データーのやり取りもフロッピーではめんどくさい(だいたいLAのフロッピードライブは外付けいちいちセットするのも面倒)インサーネットカードも安くなているしと日本橋に見に行って、帰ってくると、98Cバス用2枚とPCカード用1枚にコード3本にHUBまで買ってきてしまってました。これで3台のパソコンがLANで接続されファイルの交換が楽に出来るようになりました。(LANに付いてはまたの機会にupします)
 LANでしばらく遊んだりしている間に、PC9821V13S5D2(以下V13)の特別社員購入があり、約17万、NXCをソフマップに持っていくと7万円だ買い取ってくれたので残り10万、XEを姉に(RA21をまだ使っている)3万で売りつけ、約7万の現金でV13を購入(とうとう去年9月から4台目)XEの替わりにLANに接続し現在主力マシーンとして利用しています。そして9月にLibrettoを購入し、結果去年の9月からの一年間に、5台のパソコンを購入する事に......(お金がない......)
 そんな訳で現在僕の部屋には

 V13+17インチCRT+95
 XS+15インチCRT+外付けHDD1.2GB+95と3.1
 LA+メモリー8M+95
 Libretto+メモリー12MB+95
 DX+40MHDD+DOS3.3C(ゲーム専用)
5台のパソコンが僕の部屋を占拠しています。

 最後にこの1年間、いろいろ勉強しました特に買った時に旧タイプだったXSやXEは、モニター、HDD、メモリーを強化しないと使い物にならない為雑誌の記事を参考に強化をはかりとっても勉強になりました。パソコンは、「絶対に最新型じゃなきゃダメ」じゃないと思います、勉強するなら旧タイプの方が逆にいいと思います。まだ自分のパソコンをもっていない方、どんなパソコンでもいいので買ってパソコンを始めましょう、店のパソコンを触っているだけでは身に付きませんよ。だってパソコンはTVや冷蔵庫みたいに利用目的が1つじゃないから
 
PS Macは買った事がないので、まったくの素人です

                      N店 O

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電波子の話/H店

H店ごんです。
この前買ったマルマンの電波時計についての追加報告です。

正式にお金を払ってマルマンの電波置き時計が家の一員になりました。しかし、前回書いたとおり、部屋の中ほどではほとんど電波は受信せず、昼間まるまる置いておいても時刻が合いません。かといっていつも窓際の所に置いていては、普段見るところではないし、第一僕の左肘でエルボーを電波子にくわえてしまうことにもなりかねません。
ためしに今日、家の反対側の部屋に持って行って電池を入れてみました。東向きのその部屋なら、3分ぐらいで針が「くくくく~っ」と正確な時刻を目指して動くのです。それも昼間ですよ。秒まできっちり。時刻が合うのは嬉しいけれど、他の人の部屋においておくなんて全く意味がない!確かに一度時間が合えば、電波の届かないところにもって行っても普通のクオーツとして作動し、月差±15秒の時計として使えるのですが、それではただ単に精度の高い時計を買ったに過ぎません。電波時計を買ったのは、いつ、いかなる時でも必ず秒針に至るまで正確な時間をさす、そういう身上があるから手に入れたのです。もしただのクオーツなら、もっと精度の高いものを手に入れた方がましです。それでも夜中に窓際に置けば一晩かけて時間があってくれるのならいいのですが..
マルマンに電話して聞いてみました。「アンテナをロッドアンテナみたいに外に出せないものか、またそういう商品が作られることはないか」「アンテナは基盤に直接はんだ付けされていて、そういうことは出来ない、またそういう商品が出ることも今のところない」「それではいちいち窓の横に置きに行かなくてはならないのか、電波の発信源が複数に増えるということはないのか」「1999年に茨城県の送信所の出力がアップする予定なので、それまでは現在の状況で使ってもらうしかない」
どえぇっ。そんな先まで使えないのかぁ。そのころになったらひょっとして時刻衛星なるものが静止衛星で浮いているかもしれないじゃないかぁ。そのころは世界の地図が今よりもっとちがってて、千倉真里が「地球はまあるいよ」と言ったとおりの世の中になっているかもしれない。
それよりもまず引っ越しをして見晴らしのいい交通の便がいいところに住むことが先決だな。うん。

みなさんもどうですか?時刻合わせの要らない時計。便利ですよ。

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パソコンの売り場から第二回/H店

H店ごんです。パソコンについての由なしごとその2です。


§巷はお祭り騒ぎ-パソコンの売り場から 第二回

 人は見かけじゃわからない、と言う。

 物は見かけで判断してはいけない、という教訓も良く言われることである。が、しかし実際そういう言葉を耳にしても「はいはい、そうね。そのとーりだよ」と聞き流してしまうのがほとんどだと思う。小学生ぐらいの時はその言葉を素直に受け入れていたはずの人も、大人になって面倒で汚いことが横行する社会人になり暫く経つと、「そんなの奇麗事だよ」と斜に構えるのがかっこいいという風潮のようだ。「色即是空、空即是色」。または「偶像を崇拝することなかれ」等、いろいろな純宗教で言われていることからも、人間が目の前の現象を認識し、意識し始めたと同時にそのジレンマは存在するのだろう。
 隣の国ではもと大統領が死刑判決を受けたりしている。人を救うことを生業とするはずの製薬会社のトップが人殺しの指図をして、かのグリーンピース(自然保護団体)もまた捕鯨反対や自然保護の十時軍旗を掲げて財団などの寄付を受けている。見方を変えれば、それ自体が営業活動と取れなくもないのだ。疑う姿勢を身につけることは、それ自身ただひねくれて斜に構えているだけにもとれるが、半面、現在の問題点を洗い出し、煮詰めるという作業の訓練にもなる。この絵はシャンペングラスに見えますか、それとも向かい合った人ですか、というあれである。

 他にも縫いぐるみをかぶった事象はいっぱいあって、自動車メーカーのオペルなんかはいい例かもしれない。オペルは勿論ドイツのメーカーである。だから、当然ティグラなどの販売している車がドイツ車かと言えば、さにあらず。そこには多分に疑問を挟む余地があるのだ。実はオペルは米GM社の子会社で、アメリカで作っている部分も多いのだ。さあ、お立ち会い。あなたはこれを素直にドイツ車と思えるだろうか。清純そうな女子高生ほどアソんでいるというのはあながちただの噂とも言えないところがあるのは周知のとおりで、自分を商品化している娘ほど「ノーマル」をウリにしているわけで、逆に見るからにヤンキー娘の方が無骨にまっすぐな考えを持っている事が多いのも事実。いや、これはあくまで風俗的な無責任な噂である、としておこう。そうしておきたいものだ。ともあれ、この間イズミヤで買ってきた「フランスで大人気のハンドソープ『プスムス』」という液体石鹸の裏を見ると「日本製」と書いてあってびっくりした次第。

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 パソコンの世界でもなおさら良くある話で、DOSやWindowsで必ず使用されているEMM386.EXEはMicrosoftの物だとだれもが思っているだろうけれど、もとはと言えばCompaqの技術者が開発した物をMicrosoftが買い取って自分で作ったような顔をして売っているのが事実なのだ。ロータスノーツだってDECが自社内で必要に迫られて作ったメーリングソフトをロータスが権利を買い上げて売りに出した。そんなもんである。

 実はこの間身近でそういう「見た目で判断してはいけない」現象を体験した。
 僕はIBMのAptiva750を愛用しているのだが(親しみを込めてあぷちゃんと呼んでいる)、そろそろ大容量バックアップメディアを取りつけたくて某パソコン専門店でjazドライブを買ってきた(ライト電器ではありません。申し訳ない。だって扱ってないんだもん)。一緒にAdaptecのSCSIカードを買って取りつけた。ちゃんと動作したので、気を良くしてさあ!ラピッドレジュームだ!とチャレンジした。
《-ラピッドレジュームとは-パソコンは一般に電源を入れるとハードディスクの中のシステムを読み込んできてスタンバイしてから作業に入らなければならない。しかしノート型の中には作業中でも電源をそのまま消して、また入れるだけでシステムを読み込まなくても作業を続けられるレジュームという機能がついている物が多い。デスクトップでそれを実現したのがIBMのAptivaなのだ》
が!うまくいかない。電源を入れ直すとハングアップしてしまうのだ。設定やパラメーターをいくら変えてもダメ。とうとう触るところがなくなってしまった。しかたなくNIFTY-ServeのIBMフォーラムでSOSを書き込んでから他の人の書き込んだバックログを読み直そうとダウンロードした。一ヶ月分だったけれど、とんでもない量になってしまった。印刷しないととてもじゃないけど目も通せないと、レーザープリンタで打ち出すと、あれよあれよと260ページにもなってしまった。どひゃー。その会話に目を通す内に、さかんにDC-390というSCSIカードが話にのぼり、絶賛されているのを見つけた。「ラピッドレジュームはDC-390でしか実績がない」と迄書かれている。これは手に入れるしかないだろうとまた日本橋に出かけて9000円のそのカードを某店で(申し訳ない)買ってきた。喜び勇んで取りつけると、あら、まあ。なんの文句もなく動いたじゃないの。まるで空気みたいにすらすら動く。こりゃ凄い。jazも快適。これじゃ最初からこれを買ってりゃ良かったワイ、と授業料のAdaptec(3万円)を見ながら溜息をついたのだった(後日、Adaptecは無事I氏のところにお嫁にいった。メデタシメデタシ)。
 しかしNIFTY-Serveがなければ、こんな貧弱な箱で名も知らない会社のSCSIカードなんか手にとることすらしなかっただろうし、Adaptecなら有名だし安心だという安直な考えで選んでしまったことでこんな目にあった。これは今回いい勉強になった。必ずしも大手有名会社がいいモノを作っているとは限らないのである。jazと一緒に衝動買いしたスキャナも(申し訳ない)、Microtekという聞いたことのない会社なのだが、これがまたモノホンの造りなのである。一般ならスキャナを買うとすればキヤノン、エプソン、HPぐらいだろうと思う。もちろんオムロンやいろいろあるだろうけどこんな外国のわけわからんものはまず買わないと思う。しかし、300×600dpi、ソフト的には1200dpiまでOKでKodakのカラーキャリブレーション機能まで付いていて¥39,800は安い。その上、そのスキャナにはAdobePhotoshop3.0Jがそっくりそのまま付いてきた。これを安いと言わずして何をいうか!つくづく見かけはさておいて中身を吟味する目を持たなくては、この業界やっていけないことを痛感した。商品構成でも、今現在どんな商品や品種が求められているか、また巷で受け入れられ、売れているか、というセンスを敏感にすることである。あのメーカーが嫌いだとか営業が気に入らんから取らんとかくだらないことを言っていては100年たってもお客様の欲しい物が手に入らないのである。

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 もっと具体的なことを書こう。パソコンは確かに家電に降りてきた。昔のようなユニットで組み上げる、オーディオで言えばコンポーネントシステムではなく、パッケージングされたオールインワンモデル。エアコンもパワステもキーレスエントリーも付いた軽自動車が若い女性の購買欲を刺激するなら、そのマーケティングがあたる世の中なのだ。しかし運転するのは自分である。車庫入れや縦列駐車の難しさや周囲への気配りなど、買っただけでは乗りこなせない。最初から入っているソフトを起動することは出来ても、その便利な機能を利用してなにかしようとすれば、自然とマニュアルを読みながら使わなければ意味がない。ここで気をつけるべきなのは、マニュアルは「読ん」ではいけない。マニュアルは「引く」ものなのである。勘違いしやすいのは、最初にパソコンに付いてくる膨大な説明書を全部読破してから使うのか、という考えの人が多いようだけれど、それは間違いである。それもしないで使おうとすると、電柱にぶつけてしまうのがオチである。
 さらにパソコンに機能を拡張しようと周辺機器を付ける時もまた考えなくてはいけない。例えばプリンタを付けたい。スキャナを使いたい。インターネットのためのモデムを繋ぎたい。会計ソフトをインストールしたい。株式のオンラインソフトを買おうと思っている。メモリがたりなくなってきた、などなど。こんな時に、NECのパソコンですね。ならこのハードディスクはNEC用と書いてますから使えますよ、と勧めるのは大きな間違いである。ただ単にNEC用とあるだけで簡単に付くと考えるのは浅はかに過ぎる。例えばそのパソコンがハードディスクのない機種なら、もしくは内蔵でIDEが入っている機種なら、もう既にSCSIが付いている機種なら、拡張スロットが残っていない機種なら、(最近のNEC機種のように)従来型の拡張スロットが無い機種なら、ノートパソコンだったら、もしくはNECはNECでもPC-8800だったら。確かめなくてはならない事項はいっぱいある。会計ソフトを持っているのでついでにインストールして欲しい。いいですよ。おわかりの通り、これもダメ。もしそのソフトがDOSのソフトだったら。お客様のパソコンがWindows95マシンだったら。メモリが足りなかったら。ハードディスクに余裕が無かったら。CPUが対応していなかったら。何より、借りてきたソフトでプロテクトがかゝっていたら。要は軽々しく考えてはいけないということだ。インストールしますよ、とNEC用だからとイッて軽々しく言ってはいけない。口が裂けても言ってはダメなのだ。物事は疑ってかかれ。パソコンにはそれが当てはまる。勿論疑心暗鬼になってしまって知らぬ存ぜぬではお客様の信頼を得るのは程遠いだろうが、確実な仕事をするためにも、確認作業とそのための普段からの情報収集はかゝせないものと確信する。
 そのためにはどうしたらいいか。
 明日のためにその1。本を読もう。パソコンは我侭な機械である。じゃじゃ馬のごとく手を焼くシロモノだ。とにかく新しいテクノロジーが毎日目白押し(死語)なので、頭を海綿のようにしておく必要がある。お勧めの本としては、まず日経パソコン。これはいい。必ず毎月(隔週だったかな?)買って目を通しておきたいものだ。それとASCII。これは広告のページが多いので新製品情報としての役に立つ。特にソフトにその効果を発揮する。ちょうど月刊オートバイの半分が広告であるのと同じ感覚だ。あとはDOS/Vマガジン。とかくWindows95以降、新しいテクノロジーはまずDOSぷいで発生する。Oh!PCはその点NECべったりのおべんちゃらに過ぎる。あまり必要ではない。あと、現在これを読んでおられる方でパソコンに触ったことが無い、違う売り場だけど便利そうなので興味がある、などの方は「ぱそ」とかアサヒパソコンがいいと思う。かみ砕いてオートミールにしたような情報はたいへん消化にいい。なにより週刊誌スタイルの中綴じ本は電車の中でも読みやすいだろう。つまり、通勤時間を有効活用しよう、と言うこと。もしあなたが飯島愛も使いこなしているMacに興味があるなら、Mac userはお勧めである。装丁も綺麗だし、バランスの取れた内容だ。MAC POWERは少しフジテレビ的な造り。ページをめくる毎に(より高次元で)笑ってしまうことだろう。もしあなたがゲージュツ的なセンスの持ち主で、サティとかマネやルノアールを吸い込める感覚を持っているなら、MAC LIFEは素晴らしいパートナーになる。これはMac関連では一番の老舗であると同時に、ただ単に技術情報誌ではない、生活や人生の価値感の置き方、ユーモアなどまさにMacと生活することによって潤う人生を感じることが出来る、素晴らしい雑誌である。

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 蛇足ながら書き加えると、来店されたお客様にとってはやはり見た目が大きく影響する。展示の仕方もそうだし、一番ストレートな事象は店の中の掃除。これだ。エスカレーターの乗り口付近に溜まって既に繊維化している何年分もの綿埃。トイレの中。良くもこんな環境で仕事ができるものだと思うことがしばしばある。誰も彼もが「誰かがやってくれるだろう」とたかをくくっている。何たることだ。例えば乾電池や掃除機の紙パック、オーディオビデオテープ、ワープロ用紙、インクリボン。僕は朝最初にすることは、まずその商品の上の埃をはたきで払うことから始まる。これが済まない内は、他のことをする気がしない。考えても見なさい、趣味でワープロを使っている人が用紙を買いに来て、手にとろうとしたら「じゃりっ」と砂の感触がしたらどうだろう。しぶしぶ2冊目を手にとるか、最悪買わないかもしれない。それが綺麗にしているだけで機嫌よくついでに余分に買っていってくれるかもしれない。そういう意味ではスーパーなどの生鮮食料品売り場はとても勉強になる。お客さんがどういう動きをして、どう品物を手にとるか、どんな並べ方をすればいいかがよく分かってくる。たまに店の前のイズミヤの食料品売り場をわざわざ通ったりするけれど、店の中のごみごみした雰囲気から感覚をリフレッシュしてくれる。でもこう言うことを書くととたんに上から言われて一斉に掃除を始めたりするんだろうなぁ。それが一番いやなんたけど。自分で気づかなくて人から言われたら初めてやる、自分でなんにも考えないでただ暇だという人間が一番使えない人種であると思うのは、多分僕の奢りでしょう。

「見かけで選んでなにが悪いのよ」CMでカワイコちゃんが叫んでる。来店されるお客様も一緒。でも、かわいい娘なら許しちゃうんだけどなぁ

アップががだいぶ遅れてしまいました。すいません。次回はこの機会に(どの機会だ)Macについて書こうと思います。そりでは。

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