笑う門には福来る。ddさんの書いた「福」を逆さまに貼ると・・・は知りませんでした。そのあとテレビで実際に見て「ほぉ~」とほぉボタンを押しまくってしまいました。笑う事が多ければ体が健康になり、血がきれいになり・・・(ホントかどうかは未確認)いいことだらけだそうですが、元禄や江戸時代の頃の笑いと、ここ20年の笑いは、やはり少し違うような気がします。
どっちがいいとか言うものではないのですが、その違いと言いますと、
“微笑み”でない笑いは、かつては自分より上ものの滑稽な様を笑うこと(茶化すとかはこの種類でしょう)、自分より劣っている者がどんくさい様を笑うこと。であったような気がするのです。
ddさんが書かれたように「ツッコミは,ボケを現実に引き戻す作業である」という行は、劣る者に対しての(愛情のある)諭しでもありました。その諭す側にお客様を立たせるのです。エンタツ師匠、アチャコ師匠の天才がしてそうさせたのでしょう。
特に昔の(といっても昭和初期でも)人々の知識や知能までもが各々バラバラで「才、各人にして違(たが)う」ごとく、現代のように直線的に比べられることは無かった時の話。
「八っあんはほんまにアホやなぁ。でも大工仕事は玄人やねぇ」と、各人の長所を見つけて生きていくということがまだできたから、劣る者に対しての軽蔑などは無い笑い。
滑稽さを、笑う。それがボケツッコミの漫才であり、長屋の落語であり・・・
しかし80年代以降は、それが少し変化してきます。
笑いの元のネタ、ストーリーは同じ構図のはずなんですが、お客さんの立ち位置が違ってきたのです。
時は学歴社会について行けない落ちこぼれや暴走族が問題化し始めた頃。
象徴的な現象として、とんねるず以降、という区切りが上げられます。
テレビでやっているコント、オチ、ギャグ、スラップスティック。
話していることは、そのスタッフでないとわからないディレクターやプロデューサーの物まねによるコントなど。それを見てスタジオの若い女の子はみんなケラケラ笑うのです。手をたたいて。
笑いどころはみんな同じ。“ここで笑え”というところで一斉に笑う。
思えば、それより前の欽ちゃんのどこまでやるの?!、欽ドンよい子悪い子普通の子でもその兆候はありましたが、あれは少なくとも客席とのコミュニケーションがあり、大将が『(今日の)客席が笑うのはどういった感じか』を探りながらやっている、まだ“舞台性”が残っているから良かったのですが、とんねるずと秋元康がそこに計画的な笑いを持ってきたのです。
ADが出す、『笑って』というサイン。
「わたしも、わたしもその笑いを理解しているよ!」という仲間に対しての確認も含んだ、笑い声という自己主張&仲間外れになりたくない症候群。
いじめの発生する環境と酷似しています。
これは、あまりにも画一的になりすぎ、砂粒に分解してきた社会性の始まりではなかったでしょうか?
今の携帯電話依存症に繋がる、自分が周りから浮いていないか、逆に埋没していないかという評価を無意識に気にする人間が徐々に殖えてきた時代でした。
ひょうきん族ではその“合図の笑い”を逆手にとって、わざとテープで笑いを流すというブラックユーモアを作りました。
しかし!
世間ではその笑いが、本物だという、本当におかしいから笑うんだ、というふうに捉えられてしまいました。(あれ?これどこかで昔書いたぞ?)
上岡龍太郎師匠が、よみうりテレビでの収録の時、とんねるずの番組のようにわざとらしく大声で笑い声を上げ、手をぱちぱちたたいたADを怒鳴り付けました。
上岡さんにはわかっていたのでしょう。それは「本当にお前が理解した笑いか?それとも周りに迎合するための道具か?」
だから僕は『お笑いブーム』などというものは大嫌いなのです。真剣に“笑わせる”ことを仕事として生きていくことは、アベレージなんてあるはずが無いのです。
時代を見、人を見、茶化したりあえて毒を吐いて傷つけたり、自分をおとしめ、笑われるだならまだしも嘲笑われる。
人生のストーリーそのものが嘲笑われるぐらいでないと、真の芸人とは言えないのではないかとさえ思ったりします(桂春団治)。
だいぶ脱線しましたが、今の時代の笑いは、『他人と比べて自分が違わないための確認事項』になり下がっている気がするのです。
まあ、学力のアベレージはある程度(他国と比べて)高く、その上で更に他人と違うことを求められているのですから、無理もないことかもしれません。