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ガンダーラ

180618_0759生きてます。
まだ死んではいなかったです。

もうブログは閉じようかと思っていた。
他のプロバイダのブログは順次閉じて行っているし、ココログも有料を解約しようと思っている。
自分のネット上のテキストを順次削除していかなくてはと思っている。
自分の家の本とか家財もそうなんだけど。自分が死ぬ前提で片付けないとと数年思ってる。

今回このエントリを書こうと思ったのは、記録に残しておきたいという気持ちから。
それは大阪北摂の地震。2018年6月18日朝に起きた、最大震度6弱の地震。
俺は通勤のために神戸の駅に着いて出てしばらく歩いて阪神高速の下にさしかかった時、自分を含む周りの人も携帯電話が一斉に鳴り出し、地震ですと叫び始めたのと同時に、足下が10センチぐらい激しく上下した。上を見たら阪神高速の上でガシャーンと音がして、高速自体がゆらゆら揺れた。危険を感じたので周りの人も後ろに飛び退いた。

しばらくすると揺れは収まった。iPhoneを見るとゆれくる震度5と出ていて、すごかったなぁと思っているとその下の表示に大阪震度6弱と出ていた。その事に気づいてぞっとした。家にiPhoneで電話しようとしたが、コール音すらしない。手が震えてきた。みんな生きているのか、第一住居が大丈夫なのか、帰るところはあるのか・・・足も震えてきた・・・
道向こうに公衆電話があるのを見つけ、慌てて横断して入り、震える手で財布からテレホンカードを出して緑のカード電話に入れ、自宅の固定電話にかけたらコール音はした。だいぶ長い間コールしていた気がするが、やっと家の人間が出た。
阪神大震災の時よりひどい揺れだったそうだ。ガラスで足をケガした、帰ってこられないかと言われた。
もとよりこのままとって返して家に帰るつもりだったが、即会社に帰りますとメールして帰る手段を探した。

兵庫駅まで戻るが、改札の前に大勢が立っていて駅員が繰り返しアナウンスしていた。地震の影響で運転再開まで3時間はかかると言っていた。ここで3時間待とうかとも思った。タクシーの空車が通ったので止めようかと思案したが止められなかった。それでいても立ってもいられず、とりあえず神戸駅まで歩こうと歩き出した。小雨が降ってきたがかまっていられない。通り過ぎるタクシーは皆客を乗せている。もう捕まらないかも知れない。

神戸駅についてもやはり同じアナウンスをしていた。当たり前だけど。で、どうしようかしばらく悩んだ。東日本大震災があった年の初夏に、当時の仕事場である大阪の京橋から自宅まで歩いてみるという実験をした。Googleマップでは4時間半で着く表示だったので、休憩しても5時間ぐらいで着くと思ってたが、7時間オーバーまでかかって家にたどり着いた。しかしこれで電車が止まっても帰れることが確認できた。足も痛く体もむちゃくちゃ疲れを感じたけれど。
しかし今回の場合、神戸から北摂にはとてもじゃないが歩いて帰れそうに思えない。マップで検索すると10時間弱。ということは単純に1.5倍しても15時間はかかるということ。しかも知らない道を。こりゃ一泊二日に充てる時間だ。

距離だけでなく、時間の問題で、できるだけ早く帰りたいというのもあり、神戸駅のタクシー乗り場に並ぶことにした。ぼろぼろと来るタクシー。俺の数人前の人が乗り込んだが断られたのかもう一度出て来てどこかに行ってしまった。余りに長距離で断られたか。もしかしたら俺も断られるかも知れない。
昔京都に仕事に行ってた時に、夜中まで在京都の友達たちと飲んで、電車がなくなってからタクシーで帰ってくるというのを何回もやっていた。だいたい8000円かかってた。でも時々言われたのは、タクシーはあまりにも遠いところは本当は困るのだという。行きの運賃を稼げるとしても、帰りにまた都合良く京都方面の客が捕まえられるわけもなく、ただ帰ってくるために時間もガソリンも費やす。それなら中近距離で行きも帰りも客を乗せた方がよっぽどいいらしい。
並んでたのがとうとう俺の番になった。来た運転手さんに「大阪北部、震源地までなんですけど行ってもらえますか・・・」と聞くと、運転手さんは数秒「う・・・・ん」と考えていたが、「行きます」と言ってくれた。本当は並んでいる間に自分の番の時に同じ大阪北部の人がいないか列に向かって声をかけるつもりだった。別に割り勘にしようとか言うんじゃなくて、ただでさえ緊急時にタクシーが少ないので、乗り合いにして行けば早く沢山の人が帰れると思ったから。以前テレビで外国ではタクシーを使う時にそういうことが当たり前にされていると言っていた。日本ではあまりしないのが不思議だと。今回自分もそうするつもりだったけど、運転手さんを説得しようと思っていたのもあり、行ってくれるとわかった瞬間に忘れてしまった。そのまま俺だけ乗って・・・・次は気をつけよう。まぁ、乗り合いにしても運転手さんがいいと言ってくれるかどうかわからないけれど。

「高速使ってもいいので、また、むちゃくちゃ急がなくてもいいので、安全運転でお願いします」
運転手さんはあまり長距離行ったことが無いのかもしれない。もしくは、大阪北摂に詳しくないのか、カーナビセットをしていた。「途中道教えてくださいね」と言っていたのでたぶんそうなんだろうと思ったけど、よく考えたらそんな知らないところなのに行ってくれたのは感謝感謝だ。

走り始めてすぐ、高速の入り口まで来て「あっ!」もう入り口にバリケードが。入り口封鎖されている・・
下道しかないのか。運転手さんと二人でがっかりした。仕方なく2号線に入るが、ちょっと行くともう動かない。時々救急車が来て道を譲ろうとするけどそれもままならないぐらい詰まってる。回転灯をつけた車が後ろから来たのでよけたら、なんとか電鉄みたいな鉄道会社の名前がかいてあった。ああいうのも緊急車両なんだな。
混んでいる状況を回避するために、運転手さんが提案してくれて山手幹線に入ったが、これまたぜんぜん動かない。信号が青になっても動かない・・・というのをずっと続けていて、2時間ぐらい経っただろうか。原因がわかった。横の信号が変わると、前が空いた台数だけ横から流れ込んできて、こっちが青になっても進めない。みんな途中の枝道で2号線から流れ込んでくるから信号変わっても動かなかったんだ!

iPhoneのアプリ、バイク用Navitimeでも道が真っ赤になっている。渋滞しているってことだ。おまえら、2号線から入ってくんな!と自分のことを棚にあげて腹を立てる。どう思おうが事態は変わらない。ラジオを聴きながら待つしかない。ラジオでは緊急特番なのか地震のことを繰り返し伝えてる。そういう意味ではありがたかった。だんだん大阪北部の状態もわかってきた。死んだ人も出ているらしい。古い家は崩れているし水道やガスにも影響が。ああ、早く戻って状態を確認したい!でも進まない!

運転手さんが「お手洗いは大丈夫ですか」と心配してくれた。実はタクシー乗り場に並んでいる時から若干溜まりがちではあったのだが、トイレを探すのにも一苦労する神戸駅前。もしかして駅の中に入れたのかもしれんけど、できるだけ早く乗り場に並ばなくてはとそのままにしていた。iPhoneアプリのコンビニで今の道の先にあるかどうかを見る。普通の流れならすぐ1km先にある、という話なんだけど、今はほんの数mに20分ぐらいかかっている。いつ着くのかわからない。やっとそのコンビニマークの近くまで来たと思ったら、そのセブンイレブンは道脇に店はあるものの、駐車場スペースが無い。これでは停めることができない。あきらめて次のコンビニにしましょう・・・とスルーした。

電話がかかってきた。会社の人間からだ。今大丈夫か的な言葉だったが、もうタクシーに乗って帰宅途中であることを言った。もちろん帰ると決めた時に既にメールは出してある。というかもうすぐお昼なのに今頃かよ・・・・

長い長い時間の末、ようやく国道171号線との分かれ道にたどり着いた。運転手さんはもともとナビを見て梅田の梅田新道方面に行くつもりだったようだけど、俺のナビタイムバイクアプリで出た171号線をあがっていく方にしてもらった。ので、左に曲がってすぐにファミマがあるのを運転手さんが見つけ、すばやく前の駐車スペースに。俺が先にトイレに行って、その後缶ジュースと小さいペットボトルのお茶を買った。
俺が車のところまで帰ってきた時に、車がちゃんと180度転換されてて前面が道のほうを向いていた。次に交代で運転手さんにも行ってもらって、帰ってきた時にお礼のひとつとしてお茶か缶コーヒーかをどうぞとすすめた。運転手さんはお茶をいただきますと飲んでくれた。

171に入るとさすがに流れ始めた。ほっと一安心だがまだ自宅がどうなっているかわからない。早く帰りたい。
伊丹空港線に入るとまた混み始めた。暑い中ちょっとずつしか進まない。ラジオでは一週間ほどは余震に注意と言っていた。道がどこでも混んでいるとしたら、ラジオでしゃべっているえらいセンセはどこから放送局に来たのだろう。

そして中環に入る・・やっと流れ始める・・・高速ではないから信号では止まるけど、やはり神戸方面の状態とは違う。そうしてやっと自宅に着く。
請求は22000円ぐらいだったが、お礼の気持ちもこめて一万円札3枚を渡して釣りはもらわなかった。だってここからまた神戸まで帰らなくちゃならないんだもの。ガスも入れなきゃならないし第一時間を使わせてしまった。帰るのもまた数時間かかるだろうし。断らずに連れて来てもらってほんとうに感謝してます。ありがとう。

家に入る。
愕然とするという言葉はあるが、普段あんまりその状態になることは無いと思う。普通はね。でもドアを開けたところから、足の踏み場も無く何かしらモノが山積みになっていて、その上に家具、さらに汚い埃が乗っている。もう数年も足を踏み入れていない古い家のようになっている。
たぶんだけどあまりに激しい揺れで家具の後ろに溜まってた埃が全部“吹き上がっ”て、振動が収まった後にゆっくり積もったのだと思う。その写真撮っておけばよかったが、その時はまず「陽が高いうちに片付けてしまわないと、寝る場所もない!」と片づけをはじめた。
本、棚の上に置いてた大量のMDやPCアプリの空箱。テレビはラックから落ちかけている。他の部屋では小さめテレビが落ちて画面に傷がいってた。
長い時間かけて帰ってきたけど、休んでいる暇はなかった。片付けなければ寝る場所もない。
上に落ちている本や棚に置いていたものをのけ始める。それだけで2時間はかかった。掃除機を出して吸い取れるところの埃をとる。電気が通じていたのはありがたかった。吹き出す汗をタオルで拭きながら続けた。
その後は台所の割れて山積みになったガラス製品の片付け。ある程度片付いた後、ガスが止まっていることに気がついた。やばい。風呂に入れない。汗だくなのに。ガスは結局そのあと一週間止まってた。どうしても汗を流したくて試しに水シャワーで頭を洗おうとしたら、顔や体に冷水がかかった時に心臓が止まりそうになった。比喩的な意味ではなくて本当にキクン!キクン!と変な脈になって視界が青っぽくなってやばかった。

次の日も片付けのため、それと東海道線がまともに走ってなかったので休んで家の中を片付けていた。その次の日は疲れが溜まったのか起き上がれなくなって休んだ。その間も何回も余震があってそのたびに怖い思いをした。

今回の記事はオチはない。忘れないうちに書きとめたいと思っていた。
政府はこの地震に名前を付けないことにしたようだ。死んだ人が少なかったから?俺の中では大阪北摂震災と思ってるけど。
辛坊さんが行ってたけど、震度6弱とはいえ、地震のエネルギーとしたら阪神大震災の60分の一、東日本大震災の2万分の一の小さいものだったことを考えると、もしかしたらもうすぐ“本震”がやってくるのかもしれない。

身辺整理を始めといた方がいいよな・・・

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