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ESCAPE

2009, 02, 12 木曜日

Torimiki02おしり洗浄・・・・っと  あ痛っ!
誰じゃ!こんなに水の勢いを強くしてんのは!
普通の3倍はきついぞゴルァ!

シャア専用ウォシュレットかっ!

もしかしたらキレちゃったかもしれんじゃないか!

というわけで思いがけずも温水便座が赤い水勢になってしまったごんです。みなさんいかがお過ごしですか?


去年、時間が少し空いたのでふらっと入った旭屋書店のSF文庫コーナーで“たまたま買い”した文庫を最近やっと読みました。

もともとは、20年以上前に買って読んだ(発行日はもっと古い。1960年代)K・H・シェールの『地底のエリート』『地球人捕虜収容所』『宇宙船ピュルスの人々』を読み返していて、松谷先生訳の『地球への追放者』だけを読んでなくて、読みたいと思いながら20年以上経ってしまった今、急に読みたくなって、でも既に廃刊になってるものだし・・
ネットで古本を見つけ、取り寄せて読んだことがきっかけで、またSFを読みたい衝動が出てきたことからです。


自己分析すると、現実世界に愉しさや喜びを感じられずに逃避している可能性もあります。


たまたま買いした本は、子供のころ図書館で子ども向けSFとして書かれていた『鋼鉄都市』(アシモフ)、読んだことなかった『自由未来』(ハインライン)。
ハインラインを読んだのは多分初めてですが、その『自由未来』の内容のエグさにグロッキーになっているところです。
ここまでシニカルにここまでリアリスティックにエグいことを書けるのか・・・
でも、今の中国大陸ではつい最近の清の時代まで宦官のしきたりがあったから、なんにも不思議なことはないのかもしれません。(これでどこにショックを受けているかわかりますね)

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そもそも、書籍(特に小説とかSFとか)は、映画とかテレビとかでは到底表現できない表現がある。行間を読ませるってことですね。映像だと、その現象やモノを映し出さなくては話が進まない。でも“映像がない”ということで、より読み手や聞き手に強く表現できることもある。
これはラジオドラマにも通じる。僕はテレビドラマよりもラジオドラマの方が可能性が広いと常々思っているのもそこにあります。オーソン・ウェルズの『宇宙戦争』を持ち出すまでもありません。

で、今日書こうと思ったのはドラマ論でもSF論でもエグさ論でもありません。

『自由未来』の冒頭でこんなセリフがありました。
簡単にストーリーを書くと、1964年というから米ソの冷たい戦争の真っ最中に書かれたもので、結局核戦争が始まり、主人公の家族が作っておいたシェルターに逃げ込む所から始まります。その中のシーン。

「こうやってシェルターに縮こまって、明日のいのちを心配しているときに、先の長い見通しを立てるのはむずかしいが、ここ何年かまえから、わたしにはこの国のことが心配だった。われわれが奴隷を生み育てているように思えた。わたしは自由の信奉者なんだ。こんどの戦争は、そんな風潮を変えるかもしれない。この戦争はもしそれに特徴があるとしたら利口で才能のある者を避けて、阿呆な連中を殺すような、前代未聞の戦争かもしれないんだ」
「なぜそう思うんですか?」
「つまり、いままでの戦争では、優秀な若者たちが一番つらい目を見てきたろう?こんどの場合、現役の連中は、民間人と同じか、あるいはそれ以上に安全なんだ。そして、民間人のなかでも、頭を使って準備をしておいた者は、はるかに有利なチャンスに恵まれている。あらゆるケースとはいえないが、平均的に見ればね。それが種族を改良することになる。戦争がすんでも、生きることは苦しい。それがさらに種族を改良する。ここ何年聞か、確実に生き残る手段なんてものは、まるきり無価値に思われて、大ぜいのろくでなしが育ってきた。そいつが、がらりと変わるんだ」

核戦争と人種の淘汰、の話です。でも、僕はこの部分に気が行った。

ここ何年聞か、確実に生き残る手段なんてものは、まるきり無価値に思われて、大ぜいのろくでなしが育ってきた。そいつが、がらりと変わるんだ


これって、今の世界でも変わらないんじゃないんでしょうか?
つまり、


生きている意味がわからないから人を殺す。とか、
つまらないとただだらけた生活を送る、不良行為に走る、とか、
なにがなんでも他人より得をしていないと不満。場合によっては自分より他人を引きずり落とすことに執念を燃やす。とか、
金を稼ぐこと自体が生きる目的となり、それ以外のことを省みる余裕がない。とか。

それもこれも皆“決して死ぬことも殺されることもない社会(世界)”と思っているからじゃないかなと思ったりするのです。

Fivelast


安全は、空気。

でも決してそうじゃない。最近は特にそうだ。
別に命の話だけでもなく、経済に関しても。

派遣切りだ、失業率だと毎日ニュースで言ってます。古館は、「~という現実があります」という言葉をつければもっともらしく聞こえるとでも思っているのか、あたかも職を失った方が一方的に犠牲者だ、いや被害者だという言い方(論調とは言わない)です。他のマスコミも同じ。

確かに職を失うことは悲劇です。僕も何回も味わってます。
しかしそうなる原因が全くなかったかとは自問しないものなんでしょうか?

いまだに製造業に復職させろとデモをしている、その硬直した考えが自らの行き場を失っているんじゃ?
「サービス業・・できません。人見知りなので」
「工場以外の仕事はしたことがないのでやるつもりはないです」
やったことがないから?
したくないからの間違いでしょう。
なにがなんでもという気持ち(これは対外的にではなく、自分に向けての意味)は持たないの?巷には人不足で困っている業界がたくさんあるというのに。

構造不況でモノを大量生産してばらまくモデルが既に破綻している以上、その願いはかなえられないでしょう。

また、人と目を合わせたくないから携帯電話の画面を見ながらしか歩けない今の脳味噌カラカラの若い女にも共通する。

自分の見たいものしか見ない。
自分の聞きたいことしか聞かない。
自分を賛美もしくは認める発言しか受け付けず、それ以外の発言が一回でもあるととたんに仲間外れにしていじめる。実は自分が弱いだけ。

僕が学校に行っている昔でも女子はそうでしたが、今や男子も、社会人もその傾向が強いと感じます。

これはみな、自由をはき違えて、権利を勘違いして、自分の“車体感覚”を錯覚しているからではないのでしょうか?

自我肥大。

そう思えてなりません。

なんかだらだらと書いてしまいました。
思いつくまま筆を走らせただけです。まとめずに。


『自由未来』のラストシーンでこういう言葉が書かれています。


警告!!!
ベルを鳴らし、待て。手を上げて前進せよ。
通路をたどり、地雷に触れないこと。先週、
わたしたちは三人のお得意を失った。あなたまで
失っては、商売にさしつかえる。無税。

元の英文でのレトリックに何か意味があるのかもしれませんが、今こそ前進する必要があるのではないでしょうか。

もちろん、すべての人にとって。

2:14:54 日記・コラム・つぶやき, 書籍・雑誌, 社会 | |

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コメント

今までの日本が甘すぎたんです。本来の人間社会ってこんなもんだと思います。こうやって少しずつダメ人間が淘汰されていき、優秀な人は進歩して社会は発展していくんでしょう。

投稿: もんもん | 2009.02.15 04:04

> 優秀な人は進歩して社会は発展していくんでしょう

そう願うばかりですね・・・

投稿: ごん | 2009.02.16 07:20

俺は、こんな時代でも仕事を志事だと思っています。
 
ごんさん、ご無沙汰しています。
お元気ですか。
 
いつでもいいのでメール下さい。

投稿: たいが | 2009.03.13 02:28

おお、たいがさん。
お元気ですか。

お話したいと思ってました。

投稿: ごん | 2009.03.13 07:30

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