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東京ドドンパ娘

2006, 02, 02 木曜日

今日は『国際航空業務再開の日』・・・・
よくわかんないけど。


例によって例のごとく、チーム経済成長マイナス6%のメールが来ました。
その中にこんな項目が。

小池環境大臣デザイン「もったいないふろしき」

風呂敷は便利だと思う。ビンでも箱でも包め合理的で、大きいものも小さいものもなんでも包むことができるし、使い方はいろいろ。寒いときに体に巻いてもいいし、場合によったら包帯がわり。
もっと使う人が増えればいいと思います。
でも、“小池環境大臣デザイン”って、なにかいいことあるんですか?

また、こんな項目。
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トリノ五輪フリースタイルスキー女子モーグル日本代表の上村愛子選手と人気タレントの“ゴリエ”さんがチーム員になりました!

それが

どーした。


この日にも書いたように、いま、チームマイナス6を応援します!と宣言する変なキャラクターが増えています

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チーム員ナンバー [ 508 ]
新吾家の長女 千葉県警幕張署交通課交通安全対策チーム巡査長 シグナレッド 新吾 茜

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チーム員ナンバー [ 509 ]
新吾家の次女 千葉県警幕張署交通課交通安全対策チーム巡査 シグナブルー 新吾 葵

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チーム員ナンバー [ 510 ]
新吾家の三女 千葉県警幕張署交通課交通安全対策チーム巡査 シグナイエロー 新吾 黄子

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チーム員ナンバー [ 511 ]
史上最凶最悪の暴走将軍、秘密結社MUDの総帥 マッド・ハッシリーヤ

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チーム員ナンバー [ 512 ]
MUDの姉御格 大アマゾンの女処刑人 ピラニア・ナッテリィ・ダ・シルバ (通称 レディ・ピラニア)

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チーム員ナンバー [ 513 ]
MUDの最下級構成員・・・いわば使い捨て(悪の世界も世知辛い) イーハンズ(駐停車禁止、とまれ、その他の危険)

もはや人間でもありませんから・・・




extnews_skurt060131b最長最短の差40センチ! 制服スカート丈の歴史

先日、琉球新報で「沖縄県内では、中高生の指定制服のスカート丈が20年間で4~5センチ短くなった」という記事を見た。
20年間で4~5センチと聞くと、ゆったりに感じるが、変形制服や放課後の調節といった、「個人の調整」ではなく、「指定制服」のスカート丈についてだから、これはけっこう大きな変化ではないだろうか。
ちなみに、60年代までは、膝丈が普通。70年代には、都立高校の大量新設によって、多数の高校で制服制定があり、万博/ツィギーブームの影響が制服にも反映され、ミニスカートが主流になったという。
そして、90年代の“コギャルブーム”で再びミニスカ制服ブームが到来。このころ、80年代からの変形制服への打開策などとして、モデルチェンジをする高校が増え、変形だとかわいくなくなるデザインの、「無地ジャケットにチェックのスカート」という、現在おなじみのスタイルが定番となった。
「この時期からは婦人服の流行とは関係なく、女子高生の短いスカートは『定番』となったんです」
また、最近では、チノパンやポロシャツを取り入れた制服や、女子がスラックスを選べる学校も増えているとか。
「ちなみに、学校側も現在は短いスカートをある程度、容認しています。それぞれが自分に合うものを選べる時代になってきていますね」

ブルマなら嫌がるのに、パンツが見えるのはいいのね。

この日に書いたように、ぺろんぺろんパンツが見えそうになる女子高生は、正直あんまり好きではありません。

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ん。でもこういうのはちょっといいかも・・・

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看護婦さん・・・


最近、とみに女がキライになっています。
いや、別に女嫌いとかフォー!な訳ではないのですが・・・

女欲しい!!!のは今までどおり(笑)。

でも、普段目立つ迷惑な振る舞いに我慢ならないのです。

二人以上で歩くと並んで歩いて、狭い道で前から人が来ても避けない、三人でも退かない、ぶつかってきてこちらが悪いような顔をする、周りの迷惑を考えずにずーっと喋っている、それも下らないことを延々と、とりあえず口から音声を出さなくては死んでしまうのか?というように続くだべり。
一人なら一人でちゃんと前を向いて歩けない。
携帯電話の画面を見ながらしか歩けず、人にぶつかる。決して自分から用心しない。
割り込む、順番を守らない。
その他多数。

思うんですが、昔々のおこちゃまがよくしていたサングラスも、大きな音(と限らないけど)のウオークマンも、携帯電話の画面をずーっと見ている行為も、ひょっとしたら周りの環境への拒絶の無意識の表明ではないかな?と思っているんです。
液晶画面を見てれば、周りの人と不用意に目を合わせてしまうことも無く(サングラスも同じ)、ヘッドホンをしていれば、周りの自分への中傷(被害妄想だね)を聞くこともない。
また、電車などすることがない時に思索に耽ることもできない。
あくまで情報や刺激が外部から来てくれなければ何もする機能がない。

僕の中で固まりつつある“女性原理”です。

社会参加する覚悟も無く、中学高校の連れションする女友達との関係のままでいたい。でも一応(とりあえず結婚するまでは?)仕事には行かなくてはならない。
だからおこちゃまのまま、痛い目を見たくない気持ちのままで成人を越える・・・

それが顕著に確認できるのが最近の

ジェンダーフリー

という迷惑な思想です。思想でもないけどね。

その母体として、かつて『搾取される・圧政の下で抵抗する農民』『立ち上がる農民』などという夢、フィクションに酔っていたサヨク。それがソ連の崩壊など社会主義の破綻を目の当たりにし、共産主義思想自体が失敗だったと知ることになります。

しかし生きる道を見つけなくてはならない。
この場合の“生きる道”は、もちろん生きていく飯の種を見つけることはもとより、自分の生きていく上での生きがい、信念のようなものも含みます。

でも今までの悪の巨大権力に立ち向かうマイノリティという正義の見方陶酔から離れたくはない。弱者の側に立てば、無条件に“いい人”になれるし、自分に自信のない人間でも自己存在の肯定をすることができると思うからです。

そこで敵を作るために、『強圧的な男性・弱く搾取される女性』という構図にたどり着く。
男と女はおそらく人類が絶滅するまでなくならない構図。

こういうことではないかな?

あのダイキライな田嶋女史も『そこまで言って委員会』で言ってました。
「子供のころから母親に反抗して逆らっていた。その母親が最近は態度を懐柔してきた。敵がいなくなった。どーしたらいいのよ!」

知るか!

“女々しい”などの言葉の意味についても田嶋は噛みつきます。
卑怯である、ずるい、すぐ逃げるというようなマイナスの意味を持つことが多いので廃止せよと言うつもりなのでしょう。
女篇の漢字も差別だという。

しかし、悪い意味を持つ言葉は、それ自体が慣用であって、そのまま女性を虐げてきた歴史、とはつながりません。
生物学的にも全く違う身体である以上、生きていく上での分担が必要なのは紛れもない事実です。

その上で男が家事をして女が仕事をするのも別にかまいませんし、いろいろな人がいて、いろいろな人生があって別にかまいません。誰に文句言われることもない。

ただし、田嶋のように何でもかんでも差別だ!虐げている!と難癖つけるのは、その活動をしている本人の贖罪意識、自己存在の肯定のためのただのいちゃもんでしかないことを心に留め置くべきです。

でないと、『女性専用車両』のように、全く役に立たないとんちんかんなことがこれからも増えていきそうで、不安です。


・・・・


・・・・・・・


・・と書いてきましたが、別に女が嫌いな訳ではないので誤解の無いように・・・


誰か居ないかなぁ!


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6:15:15 社会 | |

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