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騒乱節

2005, 03, 28 月曜日

4-06-257098-xもうお気づきだと思いますが、日記のタイトルに■が付いているものといないものがあります。
■が付いているものは、元のさるさる日記に書いたものを転記しているもので、そうでないものはココログ用に書いているものです。
月末まで両方が混在しますが、見にくくてすみません。


今日はちょっとだけまじめな話。

関西地方ではよみうりテレビで「たかじんのここまで言って委員会」が放送されました。その内容で、「精神異常者の犯罪」というテーマがあり、各パネラーがいろいろ意見を言っていたのですが・・・・

あくまで皆さん、「自分は精神異常ではない、気が違ってはいない」という前提で話されていますが・・・・

どれだけそれが確信を持って言えますか・・・?

刑罰という認識
以前さるさるで書いた文。移植したのでこちらでも読めると思います。

精神異常とはなんでしょう。
すくなくとも今これを書いている自分は異常であり、また社会に何とか適合している人間と感じています。
社会生活を営む上で、少なくとも他人に迷惑をかけない、お互いに譲り合う、また助け合うというのが日本という国の中で二千年以上連綿と続いてきた“お国柄”だと思っています。
これは一歩国を出れば当てはまりません。中国なんかではデパートの店員ですら客に笑顔を見せることはしないそうです。割り込みは当たり前、約束は守らない。自分のせいで他人が困ってもOK。
しかしながらそれは日本国内では通用しません(最近言いきれないところもあるのですが)。

で、精神異常の定義は色々あり、その論議は難しいと思うのですが、一旦、“世界観・社会に対してのスタンスが通常の大多数の人と違う人”としてみましょう。

「電波が受信できる」
「妖精が見える」
「人が悪口をささやいているのが聞こえる」
「リストカットがやめられない」

小倉優子、釈由美子はかなりヤバイのですが、あれは業務上の演技なわけで、一般のサラリーマンや主婦、OLなどが上記のような症状が出たら精神科にお世話になることもあるわけです。

ここで視点を変えた話。おそらくはいろんな情報を一度に取りまとめて考えられる人はそう多くはいないと思いますが、僕もそんなに頭がよくないので単純に二つの話を結びつけてみます。

量子力学ってありますよね。古くは波動力学と言っていましたが、この学問なしにはラジオもテレビもICもLSIもコンピュータもなく、現代の科学だけではなく経済、社会にとても大きな影響を及ぼしています。

簡単に言うと、例えば光。光は粒子(つぶ)でもあり、波動(なみ)でもあるとか、そんな感じの(!)話です。

光の粒子をスリットが一つのスクリーンを通過させて後ろの感光剤にて計測すると、まんべんなく散らばった点があちこちに散らばって観測されます。しかしスリットを二つにすると、それはまるで二つの穴から入ってきた波が干渉しているように模様を作ります。
ただの粒子である光の粒が、それぞれたった1個しかやって来ていないのに、その粒子はスリットが一つ空いているか二つ空いているかで挙動が違ってくるのです。

例えば今、光の粒子が二つのスリットのどちらかを通ってやってくる実験を設定します。二つのスリットのどちらかを通過したかを観測できるような装置をスリットA、スリットB用の観測用機器で捕らえることとします。また、二つのスリットと観測用機器の間にスクリーンを立て、波の干渉模様を作らせることもできるように可動式のスクリーンを立てます。

そこに光の粒子を一つ発射します。

スクリーンが立っていないときは、AかBのどちらかの観測装置で1個だけ粒子が観測されます。つまりどちらか一つのスリットを粒子として通過し、もう一つは通過していないことが確認できます。
次にスクリーンを立てて一つ発射すると、光の粒子は、両スリットを同時に波として通過し、スクリーンに干渉模様を作ります。

不思議なのは、粒子がスリットを通過した後にスクリーンを立てると、ちゃんと干渉模様ができ、スリットを通過した後にスクリーンを外すと、各観測装置で一粒の粒子が観測されるのです。

結果が原因を決定しているのです。
「ホイーラーの遅れ選択」と言われるものですが、「過去を決定しているのは、今、知性がある存在によってなされる」というとんでもない話ですが、事実です。


詳しくは量子力学の入門書を読んでいただくことにして、ここからが今日の不思議な話のツボです。

ご存じのように、分裂症の人は、幻聴が聞こえたり、そこにいるはずも無い人間を見たりします。その現象を、われわれは「精神に異状があるからだ」と決めつけます。
しかし、それは真実なのでしょうか?
ただ、我々が感知していないだけだという可能性はないでしょうか?

もちろん、宇宙人やUFOや超能力と言った○○ディレクターのような話ではありません。

我々が目の前のなにかを観測する、確認するとき。
たとえば財布を開けて一番上にあるコインが100円だとします。
それが表向きか裏向きかは、開けてみないとわかりませんし、確立は50%です。
確認したとき、表だと観測できる状態と、裏だと観測できる状態はくどいですが半々です。
すると、その“確認”という観測をした瞬間に観測者である知性は、二つに分裂します。

表だった・宇宙と
裏だった・宇宙に。

本人は認識しません。

しかしそこで知性が低い生物の場合は、同時に二つの可能性が見える、と結論付けられます。
★かなり端折っているので、専門書を確認してくださいね。★

つまり、猫とかもっと低い爬虫類などは、両方の世界を同時に認識していると考えられるそうです。

そういえばアフリカで、葉切り蟻というのがいて、主食の木の葉っぱを得るために、高い木の枝の先に隊列を作って上っていき、葉っぱを一枚かじり落とすのですが、驚いたことにその葉っぱの落ちてくるところで、別動隊がちゃんと待っているのです。

高いビルの上から紙切れ一枚を落とした場合、人間にはその落ちる場所はとても予測できません。
しかしこの葉切り蟻はちゃんと知っているのです。

こういう例なんかは確かに同時に複数の宇宙をその精神が認識していなくては不可能でしょう。

従って、“知能が低い”といわれる動物、人間も含めて、あながち“下等”とも言えないと思うのです。
精神異常、即かわいそうな人。即低能な人。と決めるのは、奢りかもしれませんよ。
もちろん、人権派などの「人間の尊厳のために、精神異常者を差別するな!」という話とは今回書いたことは全く違います。

・・・長くなったのでこの話はまたいつかしましょう。

ソーラン節を見て涙が流れるごんでした。

2:41:14 心と体 | |

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