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■狂ったもの勝ち

2004, 09, 27 月曜日

4年前の長崎バスジャック事件。
今日その内容をドキュメントで(再構成しながら)放送していた。

何がすごいって、その被害者の一人、顔面の左側面を全部刃渡り40センチの肉切り包丁でざっくり切られ、両手も切りつけられて出血多量で死ぬ寸前までになったおばちゃんが番組に出演していた。

見るもむごい切り痕が左の頬から上あご、鼻の下まで続いている。
むごい。

犯人はキチガイであった。
もう忘れた人も多いと思うが、17歳の男は、直前に精神病院を一時退院したばかりのキチガイだった。

切りつけられた人は女の人ばかり。大の男でも40センチの肉切り包丁を振り回されればひるむだろう。手で止めようとしても、相手の手の長さプラス40センチでは届かない。止めようとしたら手首から先がすぱんと飛んでしまうだろう。
そう言う用途の包丁なのだ。

被害者には、無論だが非はない。なんの落ち度もない。そればかりか、切りつけた理由が「バスの前に何も知らない普通の車がやってきて停まった」とか、「居眠りをしていて犯人に気づかなかった」とか。多分かがとんできて自分の腕に止まっても誰かを殺していただろう。

3歳児と同じ幼児の精神状態。メンタリティが幼稚なのだ。

いつも思うのは、なんで人を殺し、聡明なご婦人の顔にむごい傷を残し、十数人の人達に今でもパニック状態になるような精神的外傷を負わせながら、何も罰せ似られないのか。

今病院だって。

この日記でも何回も何回も何回も書いているとおり、
キチガイはキチガイなのだ。
また、この日記でも何回も何回も何回も書いているとおり、
キチガイに人権を叫ぶ奴等がいるのだ。

だったら、そのキチガイに殺されたり障害者にされた人の人権はいったいどうなるんだ?

刑罰という認識

もっとはっきり言う。
この社会(日本)は、秩序を守り、他人に迷惑をかけずに協調して生きていく人のみでしか形成され得ない。自分だけが得をすれば他人がどんなに迷惑を被ってもいいとか、権利ばかり主張して義務からは平気で逃げる人間などははっきり言って必要ない。

北朝鮮に送って食料にしろ。
でないともう、今の社会は崩壊寸前だ。

根本は学校教育にあるのだが・・・・

番組最後に上記の被害者女性が犯人あてに手紙を書いて、それを読んでいた。ああ・・・やっぱりテレビ朝日かぁ・・・と思ったね。

「被害者と加害者の対話を実現したい」というものだった。
これがこの被害者女性の本当の気持ちなのかもしれない。
しかし、ひどいようだが、被害者が心の傷を癒すために(修復法というらしい)加害者と対話したところで、出てきたらまた人を殺すのだ。
なぜなら、通常の精神状態ではあり得ないから。
人をいたわるとか、自分と同じ、殴られたら痛いなどの想像を感じることが出来ない。その眼鏡の奥から見えている世界は、多分テレビを見ているのと同じ感覚である。テレビ画面に映し出される、自分の手元のコントローラが動かすキャラクターが人を殴り、蹴り、殺していくのと同じ感覚である。これは間違いない。

付け加えると、携帯電話の画面越しに始終、一日中何かしようとしている歩きながら小さい画面を見ている最近大量に増えた人間たちもはっきり言ってその傾向があるはずだ。

“現実感”とはまったく違う世界を、彼らは生きている。

繰り返すが、被害者には全く同情の念を禁じ得ない。かわいそうであり、救済されるべきだ。ただし、それがまた新しい被害者を出すようになってはならない。

少年法という一部の贖罪意識を拭うためだけの悪法は一刻も早く無くし、厳罰によって対処せよ。見せしめによって愚かで幼稚な人間にも“感覚”で「コレハワルイコトナノダ・・」「ワルイコトヲスルトヒドイメニアワサレルノダ・・」と分からせなければいけない。

それも理解できない人間は、残念ながら一生閉じ込めておくしかもはや方法がない。

0:00:00 社会 | |

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