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■勧善懲悪と教育勅語

2003, 07, 19 土曜日

勝谷さんの意見にほとんど同意。
辻本を除いて。

そして神は犯罪王国九州を水の下に沈めなされた。
こういう餓鬼の更生の為の教護院であり少年法だろう。

いまもTBSのブロードキャスターを見てるけど、
やっぱり4人の小学生は“被害者”としてのスタンスでしか語られていない。
確かに危ない、コワイ目に遭ったことは間違いないし、監禁した人間が一番悪いことは言うまでもない。
しかし、それをさせるような、そこまで自分で歩み入っていった茶髪で背も150センチ以上、キャミスタイルの女の子の側に非が全くないと言えるのか。
そちらも普段から行動がおかしいことを、親が知らないはずがない。

少しは考えてみろよ。
そんな子供を観察したり、言葉を交わしたりすることもできないほど、母親は何に忙しかったのだ?父親はどこに行っていたのだ?

帰りに阪急茨木駅で公衆電話をかけようとしていたら、
後ろで「×××~なんやねんか~」と中学か高校のバカギャルのしゃべり方の声がした。後ろを通りすぎていって数歩。「ペッ ペチャ」と音がした。左を見ると、上から下まで黒ずくめのホストみたいな男(後ろ姿)と白いスケスケ超ミニですそにひらひらがついているのでわずかに見えないようなスカートとキャミから出ている肩は茶色い金髪のだらしない尻をした女がかたぺたかたぺた歩いていく後ろ姿が見えた。改札の中である。構内のタイルがしいてあるところに、つばを吐きやがった。
「きたなっ。」声に出したが、聞いてもいないようだった。そのままわざわざエスカレーターに乗って女が前、男が後ろで上がっていった。

どうです。こういう生きている価値もない、生きていて欲しくないオンナやオトコがどんどこ増えてるんだぜ。人権、自由平等と唱えることが生きがいの団体や人間たちのために、日本の常識や世間感、特に道徳がどんどんどんどんつぶされていっている。

そのうちに、ずるいことはやれ。ヤバかったら逃げろ。うそをつけ。しらを切り通せ。バレなければ盗め。騙せ。という支那人のような人間があふれてしまうだろう。
その時には法律ももう何の役にも立たず、抑止力にもならない。

あ、もうすでにあふれかけている地域もあるか。

女性誌に毛が生えたようなバカなテレビ情報番組とかで、「鴻池さんのような勧善懲悪の二元論はだめだ。」と宣っているキチガイ(人権屋?)がいたが、アホか。
どんなおつむの弱い人間でもわかる善と悪に分けることによって理解が進むんだろ!ボケ!
細かいことを言えば、小さいとき親が離婚したとか、貧乏だったとか、在日でいじめられたとか、被差別部落民だったとか、それだから犯罪者にも免罪を、かわいそうだから。などと言っていけば、犯罪を罰することもできないし、罰がなければ抑止力にもならない。
社会に害を及ぼす迷惑行為をするのなら、この社会(日本)から出て行ってもらわなくてはならないし、それが無理なら矯正するしかない。それが正しい。それが秩序で、一般の人々の安全と安心、健全な生活を守ることができる方法である。

もっと言えば、小さいとき親が離婚しても、貧乏だったでも、在日でいじめられても、被差別部落民だったでも、ちゃんとまじめに生きている立派な人はいっくらでもいる。
人権屋は一体何が目的なんだ?そんなに人の罪を消そう、消そうとせずにはいられないぐらい、自分に罪の意識があるんだろう?

とにかく、その罪の基準として法律があるのだからして、それが矛盾にあふれていることは大いに議論するべきではあるけれども、法治国家である以上、それによって、
に、
完全に分けなくては、その次の行動に移れないし、事態も収集できない。

なんか書いてるうちにわけわからんなってきた。

今日は阪神一休み。
あわてないあわてない。久保田も頑張れ。

0:00:00 社会 | |

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