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■リクエスト曲は、『初恋』です。

2003, 06, 24 火曜日

Separation、買ってきた。
最後まで、哀しい結末まで読んだ。
日本的な、明治以降の西洋文学と少し混ざったときのような予定調和の終わり方。
映画『チンピラ』のエンディングが2つだったのと同じような感じ。

彼と近い感性なのかもしれない。
市川たくじならわかってくれるような気がする・・
先日も書いたような、セックスによってしかつながらない関係ではなく、相手の存在自体を欲するような関係。幼いと言われるかも知れない。僕自身がたぶん精神年齢が低いのもあるのかもしれない。世間と比べると10年ほど遅れているような気がする。

★ ★ ★ ★


チンペイさん、よしこさん、ばんばさんおはようございます。このあいだ初恋の話をしていましたけど、僕も同じような経験があります。
 あれは中学二年の夏でした。僕の母方の田舎が石川県で、その年は家族で帰省していました。そこからの帰りのことです。
お盆帰りの車のラッシュで海岸沿いの道はとても混んでいて、一時間たっても少ししか走っていないという状態が続いていました。
ふと、対向車線の乗用車の後部座席に目がいくと、そこには目がくりっとしたとても可愛い女の子が座ってたのです。
僕はその子の顔に釘付けになりました。運悪くその時車が動き出し、その乗用車とも離れてしまいましたが、しばらくたっても、夜になってもその子の顔が忘れられなかったのです。
 新学期が始まり、久しぶりにクラスメートと会ったとき、僕はあっと思いました。
なんとあの乗用車の中の子とそっくりな女の子が同じクラスに居るのです。
目立たない子だったので僕はその子の事を知らなかったのですが、どう考えても似ているのです。
 その子があの時の女の子だったかどうかは別にして、僕はそれからその女の子の事がとても気になるようになりました。
授業中も休み時問も体育や下校の時だってその子の方を見ていて、目が合いそうになると恥ずかしくてそらしてしまう。こんな自分が情け無く、はがゆかったのですが、〈付き合う〉という概念がまだ無く、セックスのことは知っていましたが彼女への気持ちの中でそんな事は考えもしませんでした。

幼い心でこの気持ちをどうすればよいのかもわからず、ただ悶悶としていました。
僕は放送部、彼女は水泳部でした。運動場に突き出した形で放送室があり、放課後に彼女がブルマ姿でグランドを走っているのを放送室から見ていました。
小さい頃から哨息など病気がちだった僕にとって彼女の健康さは素晴らしく輝いて見え、同時に「どうせ僕なんて…」と告白の決心を鈍らせました。
秋から冬。僕は生括委員の週番で、放課後、校舎の戸締まりをしてまわっていました。自分の教室に戻ると、そこにはもうひとりの女子の週番と片想いの女の子がしゃべっていました。
僕が「こらっ、週番さぼるなよー」というと、片想いの女の子の方が僕に「たいへんやね。」と言ってくれました。僕は「うん、週番やから。」と答えましたが、その時ほもう天にも昇る気持ちでした。しかし、やはりそれ以上の事は言えませんでした。
 学年が変わり三年生になり、彼女とは隣のクラスになりました。
彼女の姿が見られるのは休育の時間(2クラス合同で男子と女子に分かれて授業を受ける)だけです。しかし、運動神経も体力も無い僕にとってそれはひどすぎました。
なにしろ彼女の前なのです。マラソンなどで「はいっあと一周!おおっとおまえはあと二周やぞ」なんて拡声器で言われたら自分が情け無くなります。
 夏の始め頃、僕は尿検査の結果が悪く、入院して腎臓の検査をすることになりました。修学旅行の直前で、僕は旅行に行きたかったのですが、以前に一人無埋をして修学旅行に行き、死んでしまった生徒がいるらしく、先生に、いくのはやめろといわれ泣く泣く諦めました。
修学旅行に行ったら、旅行先で告白するつもりだったのに… 結局、修学旅行の出発の日に入院、腎臓の細胞を取り出して検査した結果、慢性腎炎と診断され、それ以後は休育も禁止されました。唯一得意だった水泳も彼女に見せられずに夏は終わりました。

 三年生も終わりに近付き、みんな受験体制に入りました。
入院検査で出席日数が足りず休育も見学では点数が低く、内申書の都合から僕は希望校を3ランクも落としました。それでもまだぎりぎりの線で、先生は危ないからもう1ランク落とせと言いました。
家があんまり裕福でないのでできれば公立に入りたかったのですが、ランクをすごく落としていたのでもう後がありません。
これ以上落とすと私立の方がましになります。僕はどうにか職員会議でOKが出るように先生に頼み込みました。
年が明けると頻繁に職員会議に掛けられ、何度も説得されましたが、僕の志望校は変わりませんでした。
毎日毎日勉強して近くの神社にも毎日お参りしました。その頃の僕はあの女の子のことはすっかり忘れていました。
一月、試験前最後の某模擬試験を受けに行きました。試験会場の席は前から縦に番号が振ってありました。
試験が始まる少し前、僕は横の席を見て驚きました。なんと、あの女の子が居たのです。彼女が彼女の友達に、「時計を忘れて時間が判らない」と言っていたので、僕は思わず「俺の時計見せたる」と言いました。今思えばそれが彼女と交わした最後の言葉でした。何故ならその模擬試験の後、僕は急いで友達と帰ってしまったからです。
 卒業式のあと、卒業生が今校の横の市民会館の広場でわいわいやっているとき、彼女が見えました。誰かを捜しているようです。それが僕であったらいいのに、と思いながらも、やはり何も言えずに帰ってしまいました。
 公立の入学試験に受かり、高校生になったのですが、何か心がぽっかり空いているのです。彼女とは別の高校です。振り返ってみると後悔ばかりです。なぜ言えなかったのか、「好きだ」と。その一言だけでよかったのに。あとはなんにもいらなかったのに。
 今では、あの夏に海岸道路ですれちがった女の子かどうか確かめる事も出来ません。
 彼女は消え、僕は詩人になりました。高校の音楽の授業で作曲が宿題になったとき、こんな詞を書きました。

   荒れた時間の後で果てしなく何も無い
   さみしくて君に会いたい
        君に会いたい
   いつもごまかしているこの想い止められず
   さみしくて君に会いたい
        君に会いたい
   いつもけしらんふりで目も合わせられずに
   離れているとすぐつらくなる
    さみしくて
    さみしくて…

 これを書いてメロディーも付けたのですが、提出はせずにもう一曲作って出しました。
 僕はこの後、後悔するのがつくづく嫌になり、もう絶対に後悔するような生き方はやめようと決心しました。昔の友達に会ったら、みんなぴっくりすると思います。
 村下孝蔵さんの「初恋」をリクエス卜します。「放課後の校庭で走る君がいた」というところがズキッときます。歌謡曲を聞いて当時を思い出す事はありますが、これが初めての曲です。それではこれで。乱筆乱文をお許し下さい。

1986,10,5 2:32AM

★ ★ ★ ★

当時ヤンタンに出した手紙。こんなことかいてたんだねぇ(赤面)。

淡い、淡い、淡い恋。

『Separation』や『秘密』を見て泣いてしまうくらい哀しいのは、ひとつはこの時代の自分があったからだと思う。

ひとつというからにはもうひとつあるんだけれど、それはまたこんど。

AM音質の『初恋』

0:00:00 書籍・雑誌 | |

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