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■詩織さんについて

2003, 02, 27 木曜日

朝のフジテレビでやっていた、裁判で「詩織は性的に奔放で(中略)」とあったが、それは捜査や何らかの証言に基づいたものなのだろうか。
裁判の記録に残るぐらいなのだから、念入りに調査して、その結果の言い分だと思うのだが。

特に、後ろの画面の写真も、例のヘビメタみたいなかっこで下から上目使いのを使っていて、これを見るたびに、ああ、やっぱりそうだったんじゃないか、と思うのである。
この間やっていた桶川ストーカー事件のドラマを見たが、極めて個人的な意見だが、詩織さんの人格がスゴく違和感がある。俺の短い人生経験から来る詩織さんの印象としては、裁判記録の「性的に奔放で」という言葉は、ああ、やっぱりそうなんじゃないかな、と思ってしまう。
ブランドものを詩織さんがねだって買わせたとは思わない。しかし、そういう風に貢がせる雰囲気、それは持っていたのではないだろうか。そしてそれを本人が当たり前と思い、まだ幼稚な犯人の男の束縛要求を受け入れられずに、他にも男関係があっても、正直、現代の女の子だからあってもおかしくないし、それ自体は俺は責めなくてもいいと思う。女の子も浮気ぐらいしているだろうし、浮気とすら思わずにそういう関係を持つことも現在の若者の中では罪悪ではなく、“遊び”の一部である。犯人の男の事も、はたして“お互いに束縛されるべき特別な存在としての、貞操を守るべき彼氏”とは思っていなかったのではないか。お金をくれる、セックスの相手。

昔は男の方がそうだったであろう時代は、現在ではむしろ女の方が多いらしい。テレビを初めとするメディアは、みなそう言う。初体験年齢は女性の方が低く、性交経験人数も男性より一般に女性の方が多いという結果である。
その詩織さんをまだ精神的に成熟していない犯人の男がより強烈(詩織さんからすれば)に束縛する方向で動いてもおかしくはなく、むしろ納得してしまう。
そこまで入れ込まずに他にも女を作ればよかったんじゃないか、金はあるんだから。と思うが、いい意味でも悪い意味でも犯人の方が純情だったんではないか。

お金をくれる、セックスの相手。

何人とやった、20人ぐらい?という感覚が10代、20代の女の子に当たり前になっている今、本当の意味での恋愛ができる精神の成熟と言う面では、詩織さんもまた、幼かったのではないか。小学生か中学生の精神で肉体だけは熟れてきて、性関係の人数を重ねる。また、簡単に体で手に入る金にも金銭感覚が麻痺する。
テレビで映されたピンクの便箋の手紙の字を見ても、とってもバカな、幼稚な詩織さんの人格が良く見える。

その不幸な現代状況での不幸な出会い、奔放で貞操観のない女と思い詰めすぎる偏狭なオタク男との間に起きた事件ではあるまいか。

と考えると、全く府に落ちるのである。

以上、全くの独断・邪推である。と書いておく。

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