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■協力するか、つぶしあうか

2002, 10, 01 火曜日

キンモクセイがどばっと流れ出した。
いや、匂いが。

うううううううっっっっ!変なエンドルフィンがっっっ!
ぅぅぅぅぅううううううおおおおおっ!
チョメチョメに血液が流れ込むーーーー!
こんな夜は大カメ男になって、ウォーーーーーン!

...失礼。

あるサイトに書かれていた仕事についての記述がなかなか面白かったので少し(無断で)転載する。

↓ここから

それに「可能性に賭ける」類の前向きなコメント、耳目には心地よく響くが後になっても心に残るというものではない。実際ヒトが「現在いるところから移りたい」と思うのだから、背景にはもっとどろどろとしたものがあると考えるのが自然だと思う。ワンマンで抑圧的な上司、人間同士の協調関係を軽視した職場、他人の意見や仕事内容を認め合わない風土、自由裁量に乏しい権限体系、とんでもない時間外。これらの要素に苦しめられている人間がよりのびのびとした環境を求めたとしても何ら不思議ではない。

④人的側面における競争原理の導入により全体の質が向上する
「競争原理の導入」。私個人の経験で言えば、この会社の仕事に関する知識は業務経験の豊富な方から教えていただいたというものが殆どだ(これに対し私は仕事とは直接関係のない知識でお返しした)。競争がないと年功に胡座をかく人間が量産されてしまう、というのは全く正しい(ゆえに私は意味の無い先輩・後輩の関係が大嫌いだ)。しかし経験に基づいた知識の伝授により組織の作業効率が維持されてきたというのも事実だ。歪んだ競争原理ばかりが働いてしまい、他人の顔色を窺う。常に損得勘定で行動する。自分のためにならないことはしない(ゆえに自分の持つ知識や技能を他人に対して出し惜しみする)。他人の揚げ足を取る。密告や陰口が増える。…などという方向に動かなければいいのだが。かっこよく言うと「ナレッジ・マネジメント」は競争の導入に影響を受けないの?ということ。競争に際してわが社はメジャーリーグなんかのように「実力者には最大級の賛辞が贈られる」風土なのか。それとも日本のマスコミみたいに「成功者が必ずアラ探しの洗礼を受ける」風土なのか(別に私に実力がある、と言ってるワケではないです、念の為)。

↑ここまで

日本的企業とはやはりこういった江戸時代からの組織、というシステムの上に発展してきたのであり、だからこそ終身雇用などの恩恵も受けられ、会社に尽くす、貢献するという意識があったのではないか。そこへ持ってきていたずらに「競争原理」という言葉だけでタコが足を食いあいするように崩壊していくだけの会社がこれからはどんどん増えていくと思われる。

0:00:01 仕事 | |

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