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■こだまが丘

2002, 09, 12 木曜日

彼の名前は阿部敏郎。32歳のしがないサラリーマンだ。
サラリーマンと言ってもオフィスに勤めているわけではない。発電所の管理・点検を任されている、一応ではあるが主任だ。
毎日に不満があるわけでもないが、さりとて満足もしていない。子供の頃の大きな夢は一つ消え、二つ消え、今ではなんのために生きているのか自問することもやめてしまった。いや、不満があるとすればひとつ。課長の陰湿ないじめが日々続いていることがいやではあった。彼にもなにがしかの確執はあったのだろう。その捌け口に怒りを彼にぶつけているだけなのだろう。とかんがえると別段恨むわけでもなく、かえって哀れみを感じてしまうのだった。

その日も課長に言いつけられた発電のためのコイルの不調を調べていた。もうそろそろ金属疲労が見られてもいい頃なのに、何故か課長は交換してはくれなかった。いつかこれでは事故が起こるぞ、と思いながらも彼は分相応から出て判断したり意見を強行するような事は決してしなかった。去勢された動物のように、言いつけられたことをただ淡々と行っているに過ぎなかった。

あれ?ここは..?
断線しかかっているコイルと、その付近に汚れのようなものが見えた。手を伸ばして確かめようとした時、残存電流がまだあったのか、彼の指先から火花がほとばしった。

目が覚めた時、彼は病院のベッドにいた。しばらくうつらうつらしていると看護婦が課長を病室に連れてきた。「このばかやろうが!ただでさえ人手が少ないのにこんなへましやがって!コイルも交換しなきゃならなくなったし、本社から文句言われっぱなしだ!責任は取ってもらうからな!」と言い捨てると、乱暴に病室を出て行った。

敏郎の中に怒りが芽生えた。なぜだ?普通ならこんな目に遭った部下のことをもっといたわるのが普通じゃないのか?ここは共産独裁国家か?次々と沸いてくる疑問と不満が次々固まって次第に大きな怒りになっていった。そして彼は自分の中に思いがけない言葉が生まれたのに気づいた。限界に達した彼の口から信じられない言葉がほとばしった。
「おまえなんか、死んでしまえええええぇぇ!!!」
寸時おいて、廊下のほうが騒がしくなった。女の人の悲鳴、ばたばたと看護婦が走るスリッパの音、「先生!」と呼ぶ声。そのあとに看護婦が一人走り込んできた。
「さっきの面会の方が、し、し、死んでます!」

★ ★ ★ ★

葬式は簡単だった。
それからも、彼は誰からも好かれていないことがよく分かる話だった。
確かに仕事はきっちりしているようだったが、いずれも自分の保身を考えてのことは誰の目にも見え見えだった。

式の後、洋子が近づいてきた。彼女は会社の中でもピカイチ(死語)の美人だ。
「彼、あたしのオトコだったのよね...」
「え?」
意外だった。あんなヤツのどこがいいんだろう。金か?
「あんなヤツ、忘れろよ。」
「でもヨカったのよ...いろんな意味で。」
敏郎は少し悔しかった。なんであんなヤツにこんなイイ女が...
洋子の目を見つめ、敏郎はダメ元で言ってみた。
「俺の女になれよ。」
...しばらく時間を置いたあと、洋子は言った。
「はい...」

それからの敏郎はとんとん拍子だった。ファーストフード店では食べたいものを言えばすぐに持ってきてくれて、その上ただだったし、金を貸せと言えば、いくらでも銀行は金を貸してくれた。敏郎は有頂天だった。何事にもうまく行く。何か自分が命令すれば、それは絶対になる。神話のヒュプノスのように誰でも彼の命令に従うのだった。
それならば、ラジオ局を買収して、自分の声を出せば日本は俺の物..いや買収などしなくてもいいんだ..と彼の考えは膨らんでいった...俺は世界の独裁者だ!

★ ★ ★ ★

彼は自分の気持ちが先走っていると思った。気持ちを落ち着けないと、できることもできなくなると考えた。
彼は誰もいないと思う田舎に行った。そこの小高い丘の上を選んで登ってみた。
けっこう見晴らしがよかった、人の手で作られた建造物がないのも彼の気に入った。
ここで俺の物語がスタートするんた。ここから俺の歴史が始まったんだ。
幼い頃の夢なんかちっぽけでしかない。俺は皇帝になるんだ!
彼は思いっ切り叫んだ。
「くたばっちまえええええぇぇぇぇぇ!」

翌朝、近所の農夫が丘の上で一人のオトコが死んでいるのを発見した。
農夫は警察に「こだまが丘のうえで人が死んでいる」と電話した。

0:00:01 日記・コラム・つぶやき | |

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