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■さるになれ

2002, 04, 21 日曜日

ゴメンなさい。実はこの分は月曜日に書いています。
書くのを忘れたのです。ゴメンなさい。

お茶濁しに、昔書いた文を転記します(ずるい!)。

題名:サルになろう

 ギターが好きである。

 初めてギターを触ったときは、弦を一つ一つ鳴らすだけしかできなかった。ドレミの歌でも弾ければそれでも自分でできたと思う気持ちの方がすごくて、嬉しかった。やがてコードをおぼえ、いっぱしのコード進行ができるようになるともう感動の嵐である。自分の指が作り出す旋律とオブリガード、その柔らかく美しい、ときには激しい音の絨毯のうえにのせる自分の声に酔い、涙した、あの頃。左手の指先に指紋がなくなり、さらに堅くなり腱鞘炎になっても、それこそメシよりもテレビよりも×××よりもひたすら飽きずにあのくびれた胴体を抱いていた。

 そう、サルのように。

 「好きこそ物の上手なれ」、という格言がある。云い得て妙である。人間の行動論理として気持ちいいことはやりたがる、当たり前のことだが、それを目的と一致され得れば、物事の修得や達成にとっては後押しの原動力になる。

 白川義員(よしかず)という写真家がいる。そのヒマラヤの連作が注目を集め、昭和16年には毎日芸術賞を受けた。その撮影の想い出は壮絶を究めている。元来、ヒマラヤはインド、パキスタン、ネパールの3国の勢力が輻輳し、前二者は、しかも戦時体制下にある。加えてインド系独特の非能率的なお役所仕事が、計画の実現を妨げる。白川は、ヒマラヤを志してから、膨大な資金の調達に続く、これらの障害を驚くべき粘りと体当たりで、一つ一つ突き崩していった。
 ハイライトである最高峰エベレストの撮影地点は六千メートルノ高所であった、登山家でない白川は、最後のキャンプを出る朝は、完全に高原病にやられ、気息奄々たるありさまだった。白川はシェルパに命じた。
 「俺を背中にくくりつけ、なにがなんでも撮影地点まで、担ぎ上げるんだ」
 そして背中に食い込むロープの痛みを感じながら、シェルパの背中で気を失った。気がついたのは、下山して、もとのキャンプへ戻ったときであった。失敗したか...と悔いながら調べてみると、なんと数十枚の写真が、ちゃんと写されていた。ピントも露出も、そして構図も申し分ない。
 撮影地点でシェルパの背中から降ろされた白川は、もうろうとしてカメラをセットし、撮影し、呆れたことにこう命じたという。
 「もう少し高みまで、俺を担ぎ上げろ」
 このあいだのことを白川は何一つ覚えてないという。無意識の作品は、ヒマラヤ写真集の巻頭を飾った。

 白川にとっては好きな写真の、それもいい写真を撮ろうという「欲」の前に、苦痛などなんでもなかったのだ。

「仕事がつまらん」「上司がダメだ」こう言う愚痴を一つ聞く度に、僕はこのことを思い出し、「もっと、周りのつまらん人間のことより仕事の内容をよくするように、扱う商品のことを好きになれよ」と思うのだ(そう、そのくだらん愚痴の一番多いのがこの私ですはっはっは)。

 ほり~まんのあげた田中さんの文章、うなるものがある。流石この業界に身を置いて長いライターの書くこと、首を縦に振らざるを得ない。ひさびさにいいきもちのエクササイズである。Macをかうちょっと「こいつぁどうかな」とおもうオヤジたちの使い方が、アダルトCDにあるとは世間の人々は一部を除いて気がついていないだろうと思うのは邪推だ。たとえアムロが「それは、理屈だ!」と叫んでも、「しかし、正しい物の見方だ」と返すことも出来よう。現実に《同じように》売れているから、その間に因果関係がないとは言い難い。
 置けば、売れる。
 そこには偉そうなマーケティング上の理由はかけらも無い。パソコンというものがメディアになりつつあるのなら、昔、VHSがけっして自宅で映画を見たいから、もしくはテレビを録画したいから、という人ばかりではなかったであろう理由とあまりにも酷似している。それは同時にアダルトビデオ会社(当時はベンチャー・もしくはインディーズ)がこれ程までに多く、大きくなり得なかったであろう。また、その地盤に立脚した裏ルートも、存在し得ない。
 アダルトCD−ROM、たしかにいい媒体である。ほり~まん氏の解析通り、一般家庭でオヤジが唯一自分一人でいじれるのはもはやパソコンか無線機の中にしかないのかもしれない。だからその論理に従うと、自然、VIDEO−CDもアダルトによって普及するかどうかを左右させられる理屈になる。だから、「松田千奈 十七歳(だったとおもう。電波新聞より)」も、置こうね。ほり~まん
 パソコンを買う人のほとんどが男性であり、そのほとんどがある程度の年の人だからの経済論理、であると思う。「好きこそ物の上手なれ」を地で行っているだけだ。

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 昔、手塚治虫の所にアシスタント希望でやってきた青年が、「漫画家になると、いくらぐらい稼げますか」とか言うことばかり聞いてきたから、一喝したという話がある。商売でやるんじゃなくて漫画を描くことが好きになる、何時間でも好きで描いていられなければならないといった意味が大体同じであろう事は想像できる。

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 そう、みんな、サルになろう。世の中に物を売る仕事は星の数ほどあれど、こんな面白い商品を扱える恩恵に浴している人は数少ないはず。それに、好きでなければ、この仕事、夢も希望もないではないか。

0:00:01 仕事 | |

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