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■謎のエアメール(いかん、タイトルが70年代みたいだ)

2002, 04, 01 月曜日

おかしな封書が届いた。フランスから来たという風なエアメイルにしてあるが、透明セロファン窓の向こうにはしっかりと郵便番号までかいた漢字の住所が印刷してある。
なんだ?開けてみると、「当選証明書」???
げんなりした。いまだにこんなことやってんのか。昔リーダースダイジェストからのDMがいつもこんな風だったけど、あれはもうみんな周知の事実でイベント性、もしくは吉本の決まりギャグみたいなもんで、実害はなく、むしろ微笑ましかった(リーダースダイジェストはいい雑誌だったよ。しばらく購読したもん。あれがなかったら今のこういう文章を書くということに縁がなかったかもしれない。フレデリック・ブラウンの「闘技場」を初めて読んだのもRDだったもん)。しかし、これは..

中身は、ドイツのロトに参加しませんかという案内が書いてある「当選者新聞」。ただどうみてもイラストの東洋人が中国人かタイ・ベトナム人にしか見えない。
内容はというと、ロトでもうけて億万長者!もし当たらなくてもその金額は戻ってきます!と書いてある。なんで?小学校高学年レベルの話の内容。こんなのにだまされる人が果たしているのか?いくら昔に比べると頭が悪くなったと言われる日本人でも、この内容を読み違えることはないだろう。そうだよね?あれ?そうだよね?
おもしろいので画像を上げておく。PDF形式なので読むにはアクロバットリーダーが必要よん。

話は違うけど、インターネットで検索していたら、ナカヌキヤ日本橋店が朝5時までの営業になるという。なんで?そんなんで利益上がるの?夜中からもう明け方の5時にかけて、誰が買いに来るの?疑問だ。
生鮮食料品もおいているから仕事帰りの人や水商売の人が買いに来ると思っているかもしれないが、それは24時間スーパーやコンビニの仕事だ。2時から5時までに50万も60万も売れるとは思えないんだけど・・その間も電気代や光熱費、人件費はかかっている。売れなかった日は払わないというわけにはいかないだろう。特に人数は増やすわけにいかないはずだから、売り場が手薄になる。客側からみたら対応もなかなかしてもらえないかもしれないし、売り側から見たら盗難が増えたり、雑用が増えるだけ。

やめときなって。昔から営業時間を拡大して成功した店は一つもないから。特に電気屋では。大店法改正とかで、その時に9地まで営業を打ち出したところは今もうほとんどが元に戻しているか、店舗数縮小などを余儀なくされているんだから。
中を抜いて中間卸を通さずに安くするというのなら、他の販売会社も同じ手法を取ってきたらどうするんだ?結果、中間卸に従わる人間の大量失業が起こってより不景気が増すだけだ。

時代の雰囲気を逆に読んじゃった典型だと思う。

今の日本人は、逆に狭いところに行きたがるんだよ。数量限定、時期限定。これこれこの台数だけしかないとか、今の時期だけで日付が過ぎるともう売りませんとか、何時から何時までしか開けませんとか。そういうのに群がるの。
不況不況とテレビで連呼している今、大多数の人に受けるようなものはもう無いの。みんながみんなそれぞれちょっとづつ違う趣味趣向を持っていて、みんな自分が独自だと思っている。これは10年ぐらい前からの個性才能を伸ばす教育とかと無関係ではないと思うけど、インターネットだってそうじゃない。一日何百万人がアクセスするサイトなんてヤフーと2ちゃんねるを除けばあまりないでしょ。その2ちゃんでさえ、各項目に細かく分かれていて、それぞれ小さい街や村の中で少人数の発言者が話しているに過ぎない。これを隣の集まりと融合させても話が合わないかもしれない。みんなが砂粒。本当はこんな日本人になっていくことは僕は嫌なんだけど。常識の最大公約数がどんどん小さくなっていく。共感、共有することが少なくなっていき、町ですれ違う人との共通点がどんどんなくなっていき、完全にすれ違う人は”他人”という記号でしかない。

この前書いた”終電”の話でもそうだし、マトリックスに触れたこともそう、日本人としての共通概念の貧弱化をとても危機に感じてしまう。そういう村的な”知識”が少なくなっていき、インターネットに代表される”情報”のみが幅を利かせてしまうと、冒頭で述べたロトの話に簡単に引っかかってしまうのかもしれない。なにしろ自分の体験や経験と照らし合わせたり身近な人との意見交換、意見の違いをお互いに吸収して時には妥協し、時には譲らない駆け引き的な話の交換。それでも最低限目の前で話している人の話す内容を理解しなくては、言葉を返すこともできない。また、相手に理解しやすいように話を組み立てて話さなければ相手に理解してもらえない。これは紙の上のテストで数字や文字を記憶して吐き出すテストで培われるものでは無論なく、またインターネットや日記と言った相手がいない媒体での独り言でももちろんあがなえない(この日記も一緒だよ。うふ。)。

相手と懐まで話し合わなければ共通認識は生まれないし、常識だって揺らぐ。これは学校で教えるものではなくて、人生経験で積み上がっていくものだと思う。だからいい年こいて常識はずれで相手のことを考えないガキおやじがいれば、そいつは人生経験としての人との深い交わりをしてこなかったのだろうし、逆に若くても苦労してきた人はそういう機微が備わっている場合もある。

諸君、キーボードを捨て、野に出でよ。

今日の内容は、深い。うむ。

追加:
ガムのCMで女の子が服をバッと脱いで、紺色(藍色)のスクール水着(かな?)になって、「あたしもやって!」というのがとってもいい。ダビングしちゃいましたよ。

0:00:01 社会 | |

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