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■Automaticは演歌である

2002, 03, 13 水曜日

本当は今日は違う話を書こうと思っていたんだけど、今、急に予定変更。
前から欲しくて欲しくて欲しかった宇多田ヒカルのUH1。DVDだけど、ずっと我慢してた。いつか中古が出るだろうと。
でも今日昼間飯食ったあとぶらぶらしていて、ディスクプラザに入って(実は昨日も入った)、手に取ってみた。UH2もあったので両方手に取ってみた。両方欲しくなった。でも買えない。買ってはいけない(と、片手を広げてカメラの方に伸ばすポーズ)。
でもなぁ..欲しいなぁ..悩んで悩んで、結局UH1を買っちまった。カードで。だめなヤツ。俺。
借金あんだろう!そのくせDVDドライブを買ったのは買おうと思ってから2−3日だったし..衝動買い..

そもそもAutomaticを初めて聞いたのは、数年前、新御堂で大阪方面に走っていて十三大橋に差しかかったときにラジオからかかったのを聞いて、件のルキノに乗り、体が金縛りにあって(おいおい、運転中に)その時にDJが言った名前を走りながら書き留めた。「うただひかる」
それからあれよあれよという間なのは皆さんもご存じの通り。
後に、藤圭子の娘と聞いて、なるほどな、と附に落ちたことがある。それは、Automaticが演歌ではないか?との疑問である。
リズムと楽器、プロモーションビデオなどに目を奪われがちだが、曲のパート構成は、虐げられた(悲しい出来事が合った)、けどわたし負けない、もしくは悲しさを乗り越える、という感じに思えてしまう。もちろん歌詞の内容とか楽曲として総合的に考えるとそんなことは全くないと言った方がいいのだろうけど、メロディラインを省いてコード進行だけで見てみると、サビの部分は

It's Automatic DM7 C#7 F#m
そばにいるだけでその目に見つめられるだけで
F#m C#m F#m C#m F#m E A C#7
ドキドキ止まらないNoとは言えないI just can't help
Bm C#7 F#m D#dim DM7
It's Automatic
G#7 C#7 F#m
(注意:このコードは耳だけで判断したもので、楽譜を持ってないので確かめてはいません。間違ってるかも)最初のIt's Automaticは普通の、セブンスに入るところに昔からの常套進行だけど、2回目のIt's Automaticはベースキーから考えるとちょっと違う。

裏打ちコード進行の立ち上がり方は、クロスオーバーからフュージョンになったときの”夜中の都会で人気のなくなった街のビルを下から見上げるような、遠くに青白い灯りのあきらめ”が感じられているささやかな風が見える。なんのこっちゃ。
わかりやすく言えば、寺尾聡のシャドー・シティのメロに入る前、「とぅっとぅるとぅー」に入る前のコード進行を思い出していただければ..(古いって)
また、メロも”そばにいるだけでその目に”までは低い位置をうろうろしているのが、”見つめられるだけで”でずーっとライジングしている。
これは演歌じゃないかい?風を見たかい?雨を見たかい?意思の疎通がわかるかい?真にイメージベースのことをコトバで意思の疎通をするときには辞書を引いてはいかんかい?

まあ、とらえかたはひとそれぞれ。でもこの曲に関しては最初に聞いたときからずっとそう感じている。

最初なんか、I just can't helpがI just cancerに聞こえて、意味がスゴイなぁ、日本ならこんな曲は作れないなぁなんて勘違いして感心していた。ふふ。

結論。カード決済は人間を堕落させる。

0:00:01 音楽 | |

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